文章を読むとはどういうことか
「文章を読む」という行為は、脳の中で非常に複雑で協調的なプロセスです。
単なる「文字の認識」ではなく、視覚処理・音韻処理・意味理解・記憶・予測など、複数の領域がネットワークのように連携して働いています。
1. 視覚処理:文字の形を認識する段階
文章を読む最初のステップは「文字を視覚的に認識すること」です。
目から入った光の情報が最初に処理され、「これは文字である」「この並びは単語だ」と認識されます。
2. 音韻処理:文字を音に結びつける段階
次に、脳は「文字を音に変換する」処理を行います。
これが「音読」や「黙読中の頭の中の声」に対応します。
文字を見て、それがどんな音に対応するかを判断します。
3. 意味処理:単語や文の意味を理解する段階
「何を言っているのか?」を理解します。
• 語彙の意味のネットワークが活性化。
• 文法構造や文脈の解析。
• 言葉の意味を統合し、文脈や背景知識と照合。
• 推論・文脈理解・比喩や暗示の解釈など、より高次の意味づけ。
4. ワーキングメモリと文脈保持
文章を読むとき、前の文脈を短期的に保持しながら新しい情報と照合する必要があります。
・「いま読んでいる文」と「前に読んだ文」をつなげる。
・「この登場人物は誰?」「この話の流れは?」を維持する。
この部分が弱いと、文脈を追えず理解が途切れやすくなります。
5. 意味統合・推論(アブダクション)
文章を読むとき、脳は「書かれていないこと」も推測しています。
• 筆者の意図や登場人物の心情を推論する。
• 過去の経験・知識(スキーマ)と結びつけて文の意味を理解する。
• 矛盾や曖昧さに気づき、修正を促す(誤りの自己訂正)。
つまり、読解力とは「視覚→音→意味→推論→自己修正」の多層的プロセスの連続です。
6. メタ認知・理解のモニタリング
「自分が理解できているか」を意識し、「今の文はわからなかった」「もう一度読み直そう」という判断を行います。
また、矛盾や違和感を感じると「自分は読み間違いをしているのではないか」と前に戻って確認します。
これらは「メタ認知」が発達していることで可能になります。
「読めるけどわからない」状態
1~4では、文字や語彙を音・意味・経験に結びつけ、各文の中で主語・述語・修飾語などの文法構造を把握し、基本的な意味、つまり「書かれていること」の意味を理解します。
5では「書かれていること」に自分の知識や経験(スキーマ)をつなげて「書かれていないこと」を推論します。
このように「書かれていること」と「書かれていないこと」の意味をつなぐ際に必要なのがアブダクション(仮説形成推論)です。
一般的に「読解力が弱い」と言う場合には、「文章は読めるけど理解ができないor理解が浅い」という状態を指しているのではないかと思います。
つまり、「読めるけどわからない」状態です。
このような場合は、1~4までの「書かれていること」はわかるけれども、
5で「書かれていること」から「書かれていないこと」を推論することができない。
または、アブダクションの精度が低いということだと考えています。
アブダクションの精度が低いために、文章の理解が表面的な理解で止まってしまうということです。
これらのことは、「AIに負けない子どもを育てる」「シン読解力」の著者である新井紀子先生が行っている、リーディングスキルテストによってわかるかもしれません。
テストの前半の項目である「指示内容」「主語特定」「係り受け」などが文法的な能力を測り、後半の項目である「具体例同定」「イメージ同定」などが推論の能力を測っています。
新井先生の解説によると、読解力がある=後半の項目が得点できていることであり、後半の項目が得点できていない人は文章を正確に読み取る能力が低いということを表しています。
アブダクション(仮説形成推論)やアナロジー(類推)の力が弱いと、「文章は読めるけど意味は理解できない」という、「表面的な理解」にとどまってしまうということだと考えます。
私の授業では、思考の癖などで正しい推論ができていないお子さんの癖を直し、精度の高い推論ができるようになることを目指しています。