5年後期に急にできなくなった子に足りないのはセンスではない

5年後期に入って、急に算数ができなくなった。夏まではそれなりに点が取れていたのに、9月以降の週テストや組分けテストで、答案の丸が目に見えて減っていく。この時期、面談で本当によく聞く相談です。
そして多くの保護者が、同じ結論にたどり着きかけています。うちの子には算数のセンスがないのかもしれない、と。
先に言っておきます。その結論は、少し早すぎます。
5年後期に急にできなくなるのは、単元が「重く」なるから
予習シリーズ5年下を開けば一目瞭然ですが、後期は割合と比、そして速さが立て続けに押し寄せます。前期までの単元は、一つの考え方で最後まで押し切れる問題が中心でした。ところが後期の問題は、比を置いて、線分図を描き、差を取り、また比に戻る。手順が三段、四段と積み重なっていきます。
しかも、途中で出てくる数字が急に汚くなります。
前期なら 120 ÷ 40 = 3 で気持ちよく終わっていた計算が、後期には 357 ÷ 42 のような、一瞬手が止まる割り算に化ける。528分の21 のような、約分の見通しが立たない分数が顔を出す。ここで多くの子は、あれ、どこか間違えたかなと疑い、消しゴムを握り、最初から解き直し、そのまま時間切れになります。
つまり5年後期の失速の正体は、センスの枯渇ではなく「途中で止まる回数」の増加であることが少なくない。これが僕の見立てです。
「センスはないが、馬力がある」という評価
駆け出しの頃にお世話になった先輩講師が、よく口にしていた言葉があります。この子は数学のセンスはない。でも、馬力がある。
馬力とは何か。本来は綺麗な解法があるのに、それが思いつかなくても、ゴリゴリ計算して答えまで持っていってしまう力のことです。変な数字が出ても止まらない。遠回りでも最後まで押し切る。
その先輩は、馬力のある子は有名校に受かっていく、と言っていました。断言まではしませんが、僕自身の実感としても、合格していく子にはこのタイプが多い。最上位クラスを担当していた頃も、同じクラスの中で上位にいる子ほど、変な解き方でも答えを出してくる傾向がありました。
ここで保護者が誤解しやすい点があります。センスがある子とは、綺麗な解法を思いつく子のことです。しかし試験で点になるのは、解法の美しさではなく、答案用紙に書かれた数字です。採点者は途中式の優雅さに加点してくれません。身もふたもない話ですが、これが試験というゲームのルールです。
そして難関校ほど、意外と馬力がなければ解ききれない問題を出してきます。条件を丁寧に書き出す、場合分けを全部数える、面倒な計算を最後までやりきる。センスだけで涼しい顔をして通過できる入試は、保護者が想像しているよりずっと少ないのです。
急にできなくなった子の答案に起きている三つの症状
では、5年後期に急にできなくなった子の答案では、具体的に何が起きているのか。僕が見る限り、典型的には次の三つです。
途中で割り切れない数が出た瞬間に、式を消して最初からやり直す
解き方が思い出せない問題を、白紙のまま飛ばす
解説の綺麗な解法を写して、理解したつもりになっている
三つとも、真面目な子ほど起こります。正しい解き方で解かなければいけない。その真面目さが、手を止めているのです。算数を算数として美しく解こうとする誠実さは、5年後期の週テストでは、ときに最大の敵になります。
馬力を育てるための具体的な戦術
ここからが本題です。馬力は生まれつきの才能というより、ある程度は育てられる力だと僕は考えています。
戦術1:変な数字が出ても「最後まで進む」と決めておく
357 ÷ 42 が出たら、とりあえず計算してみる。357 ÷ 42 = 8.5 です。528分の21 が出たら、3 で割れるかを試す。528分の21 = 176分の7 です。汚い数字のまま進めて、最後にきちんと答えが出ることは、実は珍しくありません。
家庭で決めるのは一つだけで十分です。途中の数字が汚くても、答えを出してから見直す。消しゴムを使うのは、答えが出たあとでいい。
戦術2:やり方を忘れたら、書き出して数える
等差数列で150番目の数を求める問題。公式を忘れたなら、150個書き出せばいい。と言うと驚かれますが、最上位クラスでも、そうやって正解までたどり着く子をときどき見かけます。
時間はかかります。それでも、白紙で終わるよりはるかに価値がある。しかも手を動かして規則を体で感じた子は、あとで公式を教わったときに、むしろ深く理解します。書き出しは遠回りに見えて、理解への近道になることがあるのです。
割合・比・速さでも同じです。ダイヤグラムが描けないなら、1分ごとの位置を書き出す。比の線分図が浮かばないなら、具体的な数を当てはめて試す。とりあえず書く、は立派な戦術です。
戦術3:ゴリ押しで出した正解を、大人が本気で認める
これが最も重要で、最も軽視されている戦術です。綺麗でない解き方で正解したとき、でも本当はこう解くんだよ、と即座に直していませんか。善意の添削が、子どもから馬力を奪っている可能性があります。
ゴリゴリやれば答えは出る。それはダメなことではなく、むしろすごいことだ。この一言は、講師でも親でも、いくらでも言ってあげられます。綺麗な解法は、そのあとで教えれば十分に間に合います。
戦術4:「何のために」を具体的にする
馬力の燃料は気合です。そして気合の源は、志望校への具体的な思いです。あの学校いいなあ、という抽象的な憧れでは、357 ÷ 42 の前で踏ん張れません。
この学校のこの部活に入りたい。この学校でこれを学んで、将来こういうことがしたい。そこまで具体的になった子は、面倒な計算の前でも手が止まりにくくなる傾向があります。5年後期は、学校説明会や文化祭で本人に具体的な景色を見せておくのにちょうどよい時期です。ただし、この思いは本人だけのものです。親が代わりに燃やすことはできません。
親が明日から下すべき「非情な決断」
最後に、耳の痛い話を一つ。
子どもの答案から綺麗な解法を探すのを、しばらくやめてください。代わりに、最後まで答えを出したかどうかだけを見る。途中式が汚くても、遠回りでも、答えが出ていれば丸をつけて認める。
美しい解法を教えたくなる親心はよくわかります。しかし5年後期に必要なのは、美しい答案ではなく、止まらない答案です。センスがないと嘆く時間があるなら、その時間を馬力を育てるほうに回したほうが、よほど合理的な投資だと僕は思います。嘆いても偏差値は1も上がりませんので。
5年後期に急にできなくなった子の多くは、センスが枯れたのではなく、重くなった単元の前で手が止まっているだけかもしれません。止まらない力、つまり馬力を育てれば、後期の割合・比・速さは立て直せる余地が十分にあります。
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