偏差値50の「踊り場」を抜けるために。僕らが今、算数のテキストを「閉じる」べき理由
神奈川の塾で教鞭を執りながら、窓の外に目をやると、中学受験という険しい山に挑む親子の姿が重なります。
一生懸命に机に向かい、山のような宿題をこなしている。それなのに、模試の結果は無慈悲にも「偏差値50」という壁の前に立ち尽くしている。そんな光景を、僕は10年以上、嫌というほど見てきました。
親御さんが「うちの子には才能がないのでは」と不安になる気持ちは、僕にも娘がいる身として痛いほど分かります。しかし、冷静に分析すれば、そこにあるのは才能の欠如ではなく、**「学習の構造的欠陥」**に過ぎません。
今回は、この「踊り場」を突破し、確実に得点力を引き上げるための、合理的かつ再現性の高い戦略をお話しします。
1. 目的の転換:それは「筋トレ」か、それとも単なる「荷運び」か
偏差値50の壁に阻まれているお子さんの多くは、極めて真面目です。しかし、その真面目さが裏目に出ていることがあります。
宿題という名の「作業」からの脱却
彼らにとって、塾の宿題は「理解するための手段」ではなく、**「終わらせるべきタスク」**に変質しています。これを僕は、ベルトコンベアの前で荷物を右から左へ移すだけの「荷運び」と呼んでいます。
作業: テキストの空欄を埋める行為そのもの。
学習: 未知の概念を「自分の武器」に変えるプロセス。
本来、勉強は筋肉に負荷をかける「筋トレ」であるべきです。楽に持ち上がるダンベルを100回振っても、筋肥大は起きません。算数においても、$1 + 1$ を100問解いたところで、新しい思考回路は形成されないのです。
「なぜ?」を言語化する
算数は、料理のレシピに似ています。「なぜここで隠し味を入れるのか」を理解せずに手順だけ真似しても、素材が変われば対応できません。問題を解いた後、「なぜその式を立てたのか」を論理的に説明できる状態。そこまで到達して初めて、その問題は「解けた」と言えるのです。
2. 手段の選別:安心感という名の「停滞」を剪定する
目的が明確になったら、次は学習内容の「剪定(せんてい)」が必要です。すべてを完璧にやろうとするから、重要な枝葉まで枯れてしまうのです。
「解ける問題」を捨てる勇気
偏差値50付近で足踏みしている子は、無意識に「自分が解ける問題」を繰り返し解いて安心感を得ようとします。しかし、それは学習効率の観点からは極めて非合理的です。
まず、問題群を以下の3つに明確に分類してください。
瞬時に解法が浮かぶ問題: これらは思い切って飛ばします。時間の無駄です。
少し考えれば解ける、あるいは解説を読めば納得できる問題: ここが偏差値を押し上げる主戦場です。
解説を読んでも全く理解不能な問題: 今の段階では一旦保留します。基礎概念の欠落を疑うべきサインです。
解説は「カンニングペーパー」ではなく「攻略本」
解けない問題に30分も唸り続けるのは、RPGでレベル1のままラスボスに挑むようなものです。5分考えて方針が立たなければ、潔く解説を開きましょう。
ただし、ここからがプロの視点です。解説を読んだ直後に、**「解説を完全に閉じ、白紙の状態から自分の手で再現できるか」**を試してください。これが、高校数学でいうところの「論理の構築力」に直結します。
3. 習慣の設計:大人は「伴走者」ではなく「整備士」であれ
最後に、学習を支える「システム」の話をしましょう。算数は積み重ねの教科です。1日サボれば、取り戻すのに3日かかります。しかし、精神論で「頑張れ」と言っても子供の心は動きません。必要なのは、**「感情に左右されない仕組み」**です。
歯磨きレベルのルーティン化
「今日はやる気が出ないからやらない」という選択肢を消し去ることです。
例えば、朝食前の15分は「計算5問」と固定する。これはもはや、勉強ではなく「儀式」です。生活リズムの中に算数を組み込むことで、脳を「算数モード」へスムーズに切り替える定常状態を作り出します。
親の役割は「プロセスの検品」
親御さんは、テストの点数という「結果」をジャッジする裁判官になってはいけません。
「今日は解説を自分の言葉でまとめられたね」という、プロセスの変化を見逃さない整備士であってください。大人が「正解」ではなく「取り組みの質」を評価し始めたとき、子供の自己肯定感は劇的に回復し、それが偏差値を押し上げるエネルギーになります。
今日から始める、偏差値50突破のアクションプラン
「作業」の仕分け: 今日の宿題のうち、数問を「パパやママに解説する用」としてピックアップさせる。
時間の制限: 1問につき考える時間は最大5分。それ以降は解説を読む「研究時間」へ移行する。
15分の固定枠: 毎日決まった時間に算数に触れる「聖域」を家庭内に作る。
中学受験の算数は、パズルでもなければ苦行でもありません。それは、「論理を組み立てて正解に辿り着く」という最高の知的な遊びです。
偏差値50という壁は、決して高くはありません。ただ、少しだけ「登り方」のコツが必要なだけなのです。お子さんの可能性を信じ、まずは「解ける問題を手放す」という小さな一歩から始めてみてはいかがでしょうか。
もし、お子さんに合わせた具体的な「解法回路の作り方」や、より高度な「学年を超えた合理的な思考法」にご興味があれば、いつでも僕にご相談ください。
「わかる」が「できる」に変わる瞬間を、一緒に作り上げていきましょう。