【「はい、わかりました」の盲点】なぜ、真面目に聞く子ほど伸びないの?
本当に聞いている子は、「質問」が止まらない
子どもが「はい、わかりました」と素直に納得して話を聞いている。一見すると素晴らしい態度に思えますが、ここに大きな落とし穴があります。
なぜなら、他人の話を「本当にしっかり」聞いているとき、頭の中では自分の持っている知識や経験と、新しく入ってきた情報が激しくぶつかり合っているはずだからです。
だから、途中で必ず疑問やツッコミが生まれ、自然と質問が飛び出してくるのが本来の姿です。
逆に、一言も質問が出ずにただ頷いているだけということは、言葉の表面だけを綺麗にすくい取って、中身をスルーしているサイン。つまり、ただ「聞いているフリ(受動的な状態)」になってしまっている可能性が非常に高いのです。
湯川秀樹博士が教えてくれる「きき手上手」の真実
斎藤美津子さんの『話し手はきき手上手』という文章の中に、とても興味深いエピソードがあります。
日本初のノーベル賞を受賞した物理学者の湯川秀樹博士は、若い研究者たちと雑談を交わすのが大好きだったそうです。博士は相手の話に興味を抱くと、たくさんの質問を投げかけます。
驚くべきことに、その天才・湯川博士が放つ質問の中には、的外れでおかしな質問もたくさん混ざっていたといいます。しかし博士は、恥ずかしがる様子もなく、自分から「あっ、いまの、愚問だったかな」と言って笑っていたそうです。
この話の核心は、あの湯川博士ほどの人が「誰よりも熱心で、貪欲な聞き手」だったという点にあります。
「良い聞き手」とは、ただ相手の言うことをおとなしく丸呑みしたり、完璧に理解したフリをしたりする人のことではありません。湯川博士のように、自分の頭をフル回転させ、たとえ的外れになったとしても恐れずに「質問」をぶつけていく。それによって相手の話をさらにクリエイティブに深めていく人こそが、本当の「きき手上手」なのです。
なぜ今、質問ができない「受け身な子」が増えているのか?
現代の子どもたちは、スマートな情報や、綺麗に整理された解説に囲まれて生きています。そのため、与えられたものをそのまま受け取る「受け身の姿勢」が、無意識のうちに習い性になってしまっています。
この「質問が出ない聞き方」の癖がついている子は、国語の長文読解でも全く同じつまずき方をします。
物語文や説明文を読んでも、文章に対して「本当かな?」「なぜこの人はこんな行動をしたんだろう?」という疑問を持たずに、ただ文字を上から下へなぞるだけ。だから、登場人物の心の機微や、筆者が本当に伝えたい核心部分をきき取ることができなくなってしまうのです。
家庭で「主体的なきき手」を育てるために
子どもを「受け身な聞き手」から「能動的な聞き手」に変えるために、家庭で今日からできることがあります。
それは、子どもに何かを話したり説明したりした後に、「わかった?」と聞くのをやめることかもしれません。
大人が「わかった?」と聞いてしまうと、子どもは深く考えずに「わかった」と答えるか、頷くしかなくなってしまいます。質問するチャンスを、大人が先回りして潰してしまっているのです。
これからは、何かを伝えた後にこう問いかけてみてください。
「いまの話を聞いて、どこが一番不思議に思った?」 「何か、えっ?ってツッコミを入れたくなるところはなかった?」
質問することが前提の余白を、大人が会話の中に作ってあげるのです。子どもがもし的外れな質問をしてきても、「そんなの当たり前でしょ」と切り捨ててはいけません。「そこに目をつけたの、面白いね!」と、問いを立てたこと自体を面白がってあげる。その大人の眼差しこそが、子どもの「もっと突っ込んで聞いてみよう」という能動性を引き出します。
お行儀よく黙って聞くのが、正しい姿とは限りません。 言葉をただの道具として丸呑みするのをやめ、拙くても自分の頭で問いを重ねていくこと。
家庭での小さな会話の中で「問いを持つ聞き方」を積み重ねていった子は、言葉という道具に流されることなく、自分の頭で考えて言葉を使いこなせる大人へと育っていきます。
まずはリビングで、子どもの生意気なツッコミをニヤリと面白がることから始めてみませんか。