自己紹介|勉強が大嫌いだった僕が、家庭教師を続けている理由
初めまして。
奈良を拠点に家庭教師をしております、西村文秀と申します。記事を開いていただき、ありがとうございます。
コースのページには、指導内容や使っている教材などを載せていますが、それだけでは僕自身のことまでは分からないですよね。そこで今回は、僕が家庭教師を始めた頃から今に至るまでのことを、少し書いてみようと思います。
私は鹿児島県で生まれ育ちました。母の影響で小学生からソフトテニスをしていましたが、家は勉強に対してかなり厳しく、幼い頃から勉強をさせられてきました。
そもそも勉強は大嫌いです。
ただ、小学校、中学校、高校と、周りには勉強に力を入れている友人がたくさんいました。そんな中で勉強嫌いが浮くのは目に見えてますよね。大学では自分の興味のあるスポーツを学びたいと思い、同志社大学のスポーツ健康科学部に進学し、関西へ来ました。
せっかく興味のあることを学べると思っていた大学生活も、途中からコロナ禍に。授業の多くがオンラインになり、自宅で過ごす時間が長くなりました。
生徒から言われた、たった一言
個別指導塾でアルバイトを始めたのは、大学1年生のときです。最初は授業も下手でしたし、子どもたちとのコミュニケーションもぎこちないものでした。それでも、授業を重ねるうちに少しずつ慣れていきました。
そんな中で、生徒から言われたのが、
「西村先生以外は嫌だ!西村先生がいい!」
という言葉でした。
何気ない一言に感じる方もいるかもしれませんが、僕にとってはすごくすごく嬉しい一言でした。小学校から高校まで、どちらかと言えば浮きがちだった僕には、誰かから必要とされるという経験がありませんでした。だから、自分がいいと言ってくれる生徒がいることが、本当に貴重なことに思えたんです。
そこから、塾や家庭教師の仕事にのめり込んでいきました。指名してもらえることも増え、自分がいいと言ってくれる生徒のために、目標や夢を叶えるためにできることをしてあげたい、という気持ちが強くなっていきました。いい点数を取って喜んでほしい。その思いで取り組んでいたと思います。
それでも、就職活動では教育系ではなく、IT・コンサル系の会社を受けていました。教育以外の仕事も経験して、自分にない視点を手に入れたい、自分のできることを増やしたいと思っていたからです。内定をいただき、その会社に入る予定でした。
ただ、どうしてもモヤモヤが消えませんでした。
当時担当していたのは、ほとんどが僕を指名してくれていた生徒たちです。まだ受験まで時間がある子もいました。自分が就職して離れることを考えると、最後まで担当して送り出してあげたいという思いが、いつまで経っても残っていました。
結局、大学4年生の1月に内定辞退を申し入れ、個別塾のアルバイトを続けながら、フリーランスで家庭教師をしていくことにしました。会社の方は最後まで、自分が納得できるように悩めばいいとおっしゃってくださいました。自分がしたいことを選んだ一方で、当時の社員の方々には本当に申し訳なかったと思っています。
もちろん、独立してすぐにプロとして活動できたわけではありません。1年目の秋・冬頃から、プロ家庭教師として契約をいただけるようになりました。今はその仕事に、誇りと責任の両方を感じています。
今、授業でしていること
現在は小学生から高校生・大学受験生まで、学校の補習や定期テスト、受験に向けた指導をしています。学校や塾の教材を使うこともありますし、必要なところを自作の資料や動画で補うこともあります。
勉強が大嫌いだった僕が教えている、というのも少し変な感じがするかもしれません。ただ、授業で何が分からないかを聞き、本人の解き方を見て、その子に合う進め方を考えることには、ずっと取り組んできました。
計算で止まっているのに、難しい図形には挑戦したい子もいます。宿題を日ごとに決めた方が進めやすい子もいれば、先にやる問題だけを決めておいた方が取り組みやすい子もいます。教材や計画を用意して終わりにせず、実際にやってみてどうだったかを聞いて、また調整します。
保護者様にも、授業でどのような様子だったか、どこを練習してほしいか、なぜその進め方にしたかをお伝えしています。家での様子を教えていただいて、次の課題を変えることもあります。
自分がいいと言ってくれる生徒のために、できることをしてあげたい。大学生の頃に感じたことは、今も変わっていないと思います。
少し長くなりましたが、ここまでお読みいただきありがとうございました。これからこのブログでも、実際の指導や、普段生徒・保護者様と考えていることを書いていけたらと思っています。
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