「鬼に金棒」のパラドックス。その重たい武器、本当に振れていますか?
神奈川県の湘南エリアにほど近い場所で、少し潮風を感じながらこの記事を書いています。
プロ講師のヒロユキです。
今日は、「鬼に金棒」ということわざについて、少しへそ曲がりな考察をしてみたいと思います。 誰もが知るこの言葉。「ただでさえ強い鬼に、さらに強い武器(金棒)を持たせることで、無敵になる」という意味ですね。
中学受験や高校受験の世界において、この「鬼」と「金棒」の関係は、非常に興味深い構造を示唆しています。
多くのご家庭が、大手進学塾(日能研、四谷大塚、SAPIXなど)にお子様を通わせています。僕自身、かつてはそういった大手塾の最上位クラスで教鞭を執り、現在は個人で指導をしていますが、まず前提として申し上げたいのは、**「どの大手塾も、カリキュラムや教材は素晴らしい」**ということです。
しかし、なぜこれほど優れた環境にいながら、成績が伸び悩む生徒がいるのか。 それは、「金棒の性能」に問題があるのではなく、「金棒の振り方」を教わっていないからです。
今回は、大手塾で鍛えられた基礎(鬼)に、僕という「運用術」を掛け合わせることで生まれる相乗効果についてお話しします。
「公式」という武器を持て余す子供たち
大手塾のシステムは、非常によくできています。網羅的なテキスト、毎週のテスト、膨大なデータ。これらは間違いなく、受験における「最強の金棒(ツール)」です。
しかし、僕のところに相談に来る生徒たちの多くは、その金棒を持て余しています。
彼らの答案を分析すると、ある共通点が見えてきます。 それは、「概念(Concept)」と「運用(Operation)」の乖離です。
例えば、算数の速さの問題。 「速さ×時間=距離」という公式(金棒)は持っている。塾で習った「旅人算の理屈」も、なんとなく頭にはある。 けれど、目の前の問題文が少しひねられた途端、その武器をどう使えばいいのか分からなくなる。
料理に例えるなら、最高級の包丁と、最高級の食材を与えられているのに、「レシピ(手順)」と「火加減(調整)」を知らない状態です。これでは、美味しい料理は作れません。
大手塾の集団授業では、どうしても「武器の配給」がメインになりがちです。「これが強い武器だ、持っておけ」と。しかし、それを実戦という名の入試問題でどう振り回し、どう敵を倒すかという**「個別の戦術」**までは、手が回らないのが構造上の限界なのです。
「思想的な隙間」を埋める作業
僕の指導は、新しい参考書を売りつけるようなことではありません。 既にお子様が持っている知識(塾で習ったこと)を整理し、「使える状態」に変換する作業です。
僕はこれを「思想的な隙間を埋める」と呼んでいます。
A塾に通う生徒なら: 思考力を重視するあまり、計算の最適化や「勝ちパターン」への落とし込みが弱い場合があります。そこには、合理的かつスピーディーな解法(ショートカット)を注入します。
B塾に通う生徒なら: 演習量は凄まじいが、「なぜそうなるのか?」という根底の理解が抜け落ちている場合があります。そこには、学年の枠を超えた(ボーダーレスな)数学的概念を用いて、論理の背骨を通します。
公式を覚えるのではなく、**「なぜその公式を使うのか」「どういう状況ならその武器が有効なのか」**という判断基準(プロトコル)をインストールするのです。
知識を持っているだけでは「物知り」ですが、それを使って得点できて初めて「受験生」になれます。
再現性こそが全て
僕が授業で最も重視するのは、**「再現性」**です。
「先生の説明を聞いてわかった」では不十分です。「来週のテストで、初見の問題に対して同じ解き方ができるか?」 ここがクリアできなければ、指導した意味がありません。
そのために、僕は一人ひとりの生徒の「思考の癖」、通っている「塾のカリキュラム」、そして「家庭学習の環境」までを含めたトータルコーディネートを行います。
塾のテキストの良いところは最大限に活かし、足りない「運用の思想」を僕が補う。 そうすることで、今まで重たくて引きずっていた「金棒」を、指先一つで操れるように変えていく。
これこそが、僕が考える現代版「鬼に金棒」であり、プロ講師としての僕の介在価値だと自負しています。
もし、お子様が大量のテキストという「金棒」に押しつぶされそうになっているのなら、一度ご相談ください。 その重たい鉄の棒を、最強の武器に変える「使い方」をお教えします。
【今日の結論】 最高の道具を持っていても、使い方が悪ければただの鉄塊。 「知識」を「知恵」に変える論理的な架け橋が必要です。