「宿題が終わった」という幻想と、合格圏内に住む人々の「当たり前」について。
冬の終わりの気配が少しずつ混じり始めた、神奈川の夕暮れ。 塾の窓から見える街並みはいつもと変わりませんが、中学受験の世界では今、大きな地殻変動が起きています。2月。それは新学年の始まりであり、今の5年生が「受験生」という、ある種、逃げ場のない肩書きを背負う季節です。
僕には娘がいますが、彼女が何かを「できた」と言い張る時、大抵の場合は「やり終えた(終わらせた)」という作業報告に過ぎません。実はこれ、中学受験を控えた受験生にも全く同じことが言えます。
今回は、多くの受験生が陥る「宿題の定義」の誤解と、合格を手にする層が共有している「基準」についてお話ししようと思います。
1. 「宿題が終わった」と「解けるようになった」は同義ではない
生徒から「宿題終わりました」と報告を受ける時、僕はいつも少しだけ意地悪な質問をします。「じゃあ、この問題と全く同じ数値設定で、明日テストしても満点が取れるかな?」と。
多くの生徒がここで言葉を濁します。彼らにとっての宿題とは「テキストの空白を埋める作業」であって、**「解法を自分の血肉にすること」**ではないからです。
「再現性」という名の壁
料理に例えるなら、レシピ本を見ながら一皿作り終えた状態は、まだ「料理ができる」とは言えません。レシピを見ず、火加減や塩加減を身体が覚え、誰に提供しても同じ味が出せるようになって初めて「習得した」と言えます。
算数も同様です。 1回解いて解法を知ることは、単なる「スタートライン」に立ったに過ぎません。先生が求める「できた」とは、初見の類題に出会った際、手が勝手に動くレベルまで再現性を高めた状態を指します。
2. 質の高い学習プロセス:なぜ「飽きる」まで繰り返すのか
では、本当の意味で「質が高い」と言える学習とはどのようなプロセスを辿るのでしょうか。僕は常々、生徒たちに「論理の言語化」を求めます。
論理の理解を言語化する
図形問題で補助線を一本引く。その時、「なんとなく」引くのと、「ここに平行四辺形を作りたいから」という意図を持って引くのでは、その後の応用力に雲泥の差が出ます。 なぜその図形を移動させるのか、なぜその公式を適用するのか。それを**「自分より下の学年の子に説明できるレベル」**まで落とし込むことが、論理の理解です。
漢字テストのような無意識化
「12×12=144」という計算を、わざわざ筆算する受験生はいません。それと同じレベルまで、算数の典型解法を「無意識の領域」に落とし込む必要があります。 同じような図形を見て「ああ、またこのパターンか」と辟易し、飽きる。その「飽き」が来るまで反復することこそが、本番で緊張に晒された時に自分を助ける唯一の武器になります。
3. ライバルの背中:新6年生が直面する「120問」の現実
厳しい言い方かもしれませんが、中学受験は相対評価の世界です。 神奈川県内の難関校を目指すライバルたちが、今この瞬間にどれほどの強度で学習しているか、その現実を直視する必要があります。
大手塾に通う新6年生の標準的なスケジュールを可視化してみましょう。
算数の授業時間: 週に約5時間。
問題演習量: 週に約120問。
反復回数: 1週間の中で、同じ問題を2〜3往復(解き直し)。
「頭が良いから合格する」というのは半分正解で、半分は誤りです。 実際には、**「合格する人間は、圧倒的な努力量を『当たり前』としてこなしている」**のです。120問をこなし、さらにそれを3回解き直す。この圧倒的な基準値の中に身を置くことが、合格圏内に入るための最低条件と言えるでしょう。
4. 「あと10ヶ月」という残された時間の算数
塾のカリキュラム上、2月からは「小6」としての1年がスタートします。 受験本番まで残された時間は、実質あと10ヶ月。これを「まだある」と捉えるか、「もうない」と捉えるかで、結果は決まったようなものです。
10ヶ月という時間は、日数に直せば約300日。 しかし、学校の行事や模試、体調不良の日を差し引けば、純粋に新しい知識を詰め込み、自分のものにできる時間は驚くほど限られています。
最後に
中学受験というゲームにおいて、最も贅沢な使い方は「中途半端な勉強に時間を溶かすこと」です。 「宿題が終わった」という言葉の定義を、今日から書き換えてみてください。
テキストを閉じた時、あなたの頭の中に何が残っているか。 その残骸の積み重ねだけが、来年の2月、あなたを支える自信になります。
さて、次の授業では「なぜ120問の演習が必要なのか」を、より具体的な効率化の観点から掘り下げてみましょうか。
もし、今の学習量や質に不安を感じているのであれば、まずは「今週解いた問題の解き直し」から始めてみることをお勧めします。具体的な学習スケジュールの立て方について、アドバイスが必要ですか?