偏差値60への実行力:僕が「正しい勉強法」をちょっと疑う理由
中学受験という知的なゲームにおいて、実はもっとも「賞味期限」が切れている情報が何か、ご存知でしょうか。 それは、誰もが知っていて、誰もが頷く「正しい勉強法」です。
こんにちは、ヒロユキです。 僕は国際大学大学院(IUJ)で国際関係学という、少し物騒で面白い戦略の世界を学んできました。 今は神奈川で塾を経営しながら、オンライン家庭教師マナリンクを通じて、全国の迷える子羊……いえ、親子の皆さんに「勝つためのシナリオ」を授けています。
戦略家としての僕から見ると、偏差値40〜50台で一生懸命に足踏みしているご家庭は、とても勉強熱心。 ただ、その素晴らしい熱量が「情報のコレクション」という迷路に向かってしまっているのが、実にもったいないなと感じるのです。
情報戦における「やり方」のコモディティ化
今の時代、本屋に行けば名門塾の秘伝のタレのようなメソッドが並び、ネットを開けば合格者の輝かしい体験記が溢れています。 つまり、正しい勉強法はすでに、どこにでもある「日用品(コモディティ)」になってしまいました。
計画を立てましょう
基礎を何度も繰り返しましょう
小さな目標からクリアしましょう
これらは軍隊で言えば「朝起きたら挨拶をする」くらいの、基本中の基本。 知っているだけでは、残念ながら1点も上がりません。 多くの方が「地頭の良さ」のせいにしたがりますが、それは少し自分たちに厳しすぎる評価かもしれませんね。
本当のボトルネックは、才能の有無ではなく、それを最後までやり抜くための「実行力」のデザインにあるのです。
偏差値60の壁を作る「美しすぎるノート」という名の芸術作品
偏差値40台の生徒さんの机をのぞくと、時々ハッとさせられます。 色とりどりのペンを使いこなし、丁寧に定規で線を引いた、まるでルーブル美術館に飾れそうな美しいノート。
算数を算数として、どこまでも誠実に、真正面から解こうとするその健気な姿勢。 戦略的に言わせてもらうと、それは「贅沢すぎる時間の使い方」かもしれません。
例えば、複雑な比の計算を、律儀に線分図を書き上げてから解こうとしていませんか。 難関校の制限時間は、そんな優雅な時間を許してはくれません。 100 ÷ 25 = 4 といった計算を、まるでお茶を飲むように無意識に処理し、余ったリソースを「これは解くべきか、捨てるべきか」という高度な判断に回す。
偏差値60を超える層は、算数を「解いて」いるのではなく、最適ルートを「作業」として淡々とこなしています。 高校数学の概念をこっそり借りてきて算数に応用するような、ちょっとした「ズルいショートカット」を平然と使いこなしているのです。
勉強法を探すのをやめて、環境に「わがまま」になりなさい
新しい参考書を探したり、画期的な勉強法を検索したりするのは、とても楽しいですよね。 でも、どんなに素晴らしい宝の地図があっても、実際に歩く兵士(お子さん)が途中で座り込んでしまったら、その地図はただの紙切れです。
大切なのは、勉強法そのものよりも、その勉強を「ついつい、やり切ってしまう環境」をどう作るか、です。
感情を抜きにして、進捗をニコニコと管理してくれるシステム
つまずいた瞬間に「こっちだよ」と背中を押してくれるアドバイザー
地方にいながら、首都圏の難関校の裏道を教えてくれる外部リソース
マナリンクのようなオンライン指導を取り入れるのは、家の中に自分たち専用の「作戦本部」を設けるようなものです。 お友達と仲良く塾に通って、誰かの合格実績を支える「優しい応援団」で終わるのか。 それとも、プロの視点というドーピングを取り入れて、偏差値の壁を軽やかに飛び越えるのか。
明日、あなたがすべき「ちょっとした勇気」
もし、お子さんが今日も「うっとりするほど綺麗なノート」を作って満足しているのなら、そのノートをそっと閉じて、額縁に入れて飾ってあげてください。 それは立派な芸術ですが、入試の武器にはなりません。
中学受験は、お子さんの成長を祝う儀式であると同時に、限られた席を奪い合う、ちょっぴりシビアな椅子取りゲームでもあります。
明日からあなたがすべきことは、新しい問題集を買うことではありません。 お子さんの24時間を「迷わず実行するだけ」の状態に整えてあげることです。 その一歩が踏み出せないと、いつまでも「他の誰かの成功」を拍手で送る、名脇役として過ごすことになってしまいます。
せっかくなら、主役の座を奪いに行こうじゃありませんか。 僕がそのシナリオを、喜んで書き換えて差し上げますよ。