「問題が解けない」のではない、「読めていない」のだ。算数を国語として捉える合理性
神奈川の海沿いを車で走っていると、時折、霧で視界が遮られることがあります。目的地はわかっている、車の性能も申し分ない。しかし、進むべき道が見えない。
中学受験の算数において、多くの親御さんや生徒が陥っている状況は、まさにこれに似ています。
「計算ミスが多い」「公式を忘れた」 そんな表面的な理由で片付けられがちな失点の裏側には、実はもっと根深く、そして残酷な原因が隠れています。それは、**「問題文を正しく読めていない」**という事実です。
今回は、算数の成績を左右する真の要因について、僕のこれまでの指導経験を交えて論理的に紐解いていきましょう。
1. 算数は「翻訳」の作業である
算数の文章題を解くプロセスを構造化すると、以下の3つのステップに分けられます。
読解: 日本語で書かれた状況を正しく把握する。
翻訳: 把握した状況を、数式という「共通言語」に置き換える。
処理: 数式を計算ルールに従って処理する。
多くの方が「3. 処理(計算力)」にばかり目を向けますが、実は**「1. 読解」と「2. 翻訳」で勝負は決まっています。** 例えば、食塩水の濃度の問題。問題文を読んだ瞬間に、ビーカーの中の食塩が結晶となって沈んでいる様子や、水が蒸発して濃度が濃くなっていく変化が頭の中に「映像」として浮かんでいるでしょうか。
この「イメージの具体化」こそが国語力です。文字情報を頭の中で3Dモデルに変換できない限り、どれほど高度な解法を暗記しても、それは砂上の楼閣に過ぎません。
2. 帰国子女受験が教えてくれる「言語の壁」の正体
僕が以前、大手進学塾の最上位クラスやオンライン指導で多くの帰国子女受験をサポートしてきた際、非常に興味深い現象を目の当たりにしました。
帰国子女枠の受験において、英語ができるのは大前提です。そして、算数の計算技術も、彼らは非常に効率的な(時には高校数学の概念を先取りしたような)解法を身につけていることが多い。
しかし、最終的に合否を分けるのは、決まって「国語(日本語の理解力)」でした。
一見、算数とは無関係に思えるかもしれません。しかし、難関校の算数は、ひねりの効いた日本語で条件を提示します。
「〜を除いて」
「〜を上回らない範囲で」
「AがBに追いつくとき、Cはすでに……」
これらの繊細な日本語のニュアンスを読み取れない生徒は、どれだけ計算速度が速くても、スタート地点で全く別の方向へ走り出してしまうのです。これは算数の問題というより、**「日本語というコードを正確にデコード(復号)できるか」**という試験なのです。
3. 「再現性」を生むためのトレーニング:メタ認知と具体化
では、どうすれば「算数に必要な国語力」は鍛えられるのか。 僕は生徒に、**「問題文を料理のレシピに例えてごらん」**と伝えています。
材料(条件)は何があるか?
調理工程(解法)の順番はどうなっているか?
完成図(求める答え)は何なのか?
これを言語化させるのです。 わかったつもりになっている生徒に「この問題はどういう状況?」と問いかけると、驚くほど言葉に詰まることがあります。これは、論理構造を理解せず、ただ数字を目で追っている証拠です。
算数の工夫として、線分図や面積図を書くことは重要ですが、それはあくまで「読解した内容を可視化する手段」に過ぎません。図を書く前に、「自分の言葉で、問題の状況を要約できるか」。このステップを挟むだけで、解法の再現性は劇的に向上します。
結論:算数の処方箋は、本棚にあるかもしれない
「うちの子は算数が苦手だから、計算ドリルを増やそう」 その決断を下す前に、一度、お子さんが音読する様子を観察してみてください。一文を読み飛ばしていないか、接続詞の意味を正しく理解しているか。
算数の点数が伸び悩んでいるとき、実は必要なのは問題集を解くことではなく、一見遠回りに見える「丁寧な読解」の習慣かもしれません。
僕の娘も時折、算数の宿題で突拍子もないミスをします。そんな時、僕は解き方を教えるのではなく、「この問題の主人公は、今どこで何に困っているのかな?」と聞くようにしています。
論理的な思考は、常に正確な言葉から始まります。 算数を、ただの数字の羅列としてではなく、一つの「物語」として読み解く。その視点を持てた時、子供たちの目の前の霧は、少しずつ晴れていくはずです。
次に僕ができること: お子様が実際に解けなかった算数の問題文を教えていただければ、それをどのように「イメージ(図解)」に変換し、どのような「論理的な言葉」で説明すれば理解が深まるか、具体的な指導プランを提案いたします。ご興味はありますか?