「わかった」の先にある無意識の領域:受験数学を「運転」するための技術
神奈川の冬の朝は、空気が澄んでいて好きです。教室へ向かう道すがら、国道を流れる車を眺めていると、ふと思うことがあります。ハンドルを握るドライバーの誰一人として、「今はハンドルを10時の方向に30度切り、アクセルを5ミリ踏み込もう」などと論理的に思考してはいないだろう、と。
彼らは「無意識」に車を操っています。しかし、受験勉強、特に算数や数学の世界になると、途端にこの「無意識」の重要性が忘れ去られ、多くの生徒が「意識的な努力」の迷路に迷い込みます。
今回は、僕が指導で最も重視している**「再現性」、そしてその極致である「無意識の自動操縦」**についてお話ししましょう。
「わかる」と「できる」の間に横たわる深い溝
多くの生徒、そして保護者の方が陥る罠があります。それは、解説を聞いて「わかった」状態を、ゴールだと勘違いしてしまうことです。
残念ながら、入試会場において「わかった」という記憶は何の役にも立ちません。必要なのは、目の前の初見の問題に対し、僕が授業で示した解法を正確に、かつ迅速に「再現」する力です。
僕は授業中、あえて厳しい言い方をすることがあります。 「僕と同じ解き方を、何も見ずに今すぐここで再現できるか?」と。
再現性とは、単に「正解にたどり着く」ことではありません。
どのような補助線を引くか
どの公式を、なぜそのタイミングで選択するか
計算の過程でどのような工夫(ショートカット)を施すか
これらを、僕が解くのと全く同じクオリティでトレースできること。これが「再現性がある」状態です。
目指すべきは「YouTubeを見ながらでも解ける」レベル
僕は生徒たちに、少し過激な比喩を投げかけます。 「YouTubeで好きな動画を眺めながらでも、あるいは友達と雑談しながらでも、手が勝手に動いて正答を導き出せるまで反復しなさい」と。
もちろん、本当に動画を見ながら勉強することを推奨しているわけではありません。それほどまでに**「無意識の領域」**にまで解法を落とし込め、と言いたいのです。
大人が自動車を運転する時、あるいは子供が自転車に乗る時、いちいち「右足に力を入れて……」とは考えません。算数の基本・標準問題も、これと同じレベルまで昇華させなければ、制限時間の厳しい入試では「使い物にならない」のです。
再現性の三段階
意識的再現: 解説を思い出しながら、時間をかければ解ける。
論理的再現: 構造を理解し、最短ルートで解ける。
無意識的再現: 身体が覚えており、考えなくても手が動く。
高速再現がもたらす「複利」のメリット
この「無意識レベルの再現」を追求すると、面白い副次的効果が現れます。学習効率の圧倒的な向上です。
再現のスピードが上がれば、当然ながら1問にかかる時間は短縮されます。すると、復習の回転数が上がります。今まで1時間で3問しか復習できなかった生徒が、無意識レベルまで習熟することで10問、20問とこなせるようになる。
この差は、受験直前期には埋めがたい「学習密度の差」となって現れます。クオリティを上げるのに時間がかからない生徒が、成績で負けるはずがありません。彼らは余った時間で、より思考力を要する難問にリソースを割くことができるからです。
保護者の方へ:「宿題が終わった」の定義を書き換える
ここで、ご家庭での接し方について一つ提案があります。 お子様が「宿題が終わった」と言ったとき、ノートが埋まっていることだけで満足しないでください。
ぜひ、こう問いかけてみてください。 「その問題、今ここで僕(私)に、何も見ずに解説してくれる?」
あるいは、 「今の問題を、さっきより1分早く解くことはできる?」
「終わった」というのは、ページを埋めたことではなく、**「いつでも、どこでも、無意識に再現できるようになった」**ことを指すべきです。自転車に乗れるようになった子が、翌日に乗り方を忘れないのと同じ状態を目指してください。
受験とは、究極的には「いかに効率よく、正確にアウトプットするか」の競技です。 頭でこねくり回して考えるのは、もっと先の上位概念だけでいい。まずは基礎を「運転」レベルまで引き上げること。
僕の教室では、今日も生徒たちが「無意識のハンドル」を握る訓練を続けています。
「先生、もうこの問題は手が勝手に動きます」 そう不敵に笑う生徒を見たとき、僕は密かに合格を確信しています。
次は、この「無意識の自動操縦」を身につけるための、具体的な「反復の仕組み」についてお話ししましょうか。