偏差値60超えに必須な「勝者のマインド」と非情な戦略
僕が35歳で教育業界に転身し、現在は神奈川で塾を経営しながらマナリンクで全国の生徒を指導して感じるのは、中学受験は「純粋な学問」ではなく、極めて冷徹な「情報戦」であり「資源配分のゲーム」であるということです。
偏差値40台から50台の壁にぶつかり、そこから抜け出せない親子には共通点があります。それは、努力の方向性を間違えたまま、精神論で乗り切ろうとしている点です。
クラスの格差は「能力」ではなく「目的意識」にある
僕は大手進学塾で、最上位クラスから最下位クラスまで全ての層を指導してきました。そこで目撃したのは、残酷なまでの「マインドの差」です。
偏差値が届かないクラスの生徒ほど、実は一生懸命にノートをまとめています。色ペンを使い分け、見た目だけは美しい「自己満足の結晶」を作り上げている。しかし、僕が「なぜ今、その作業をしているのか」と問うと、彼らは答えに窮します。
彼らにとっての目的は「勉強すること」になってしまっている。 一方で、偏差値60を超える最上位クラスの生徒にとって、勉強は「合格最低点を超えるための作業」に過ぎません。
自分が今、どの単元で得点を取りこぼしているのか
その失点を防ぐためには、どの解法を脳にインストールすべきか
その作業にあと何時間必要なのか
この目的意識の有無が、国際情勢における戦略的要衝を把握している国と、ただ闇雲に兵を動かす国の差となって現れるのです。
「勝者のマインド」は感染する。そして「敗者のマインド」も
中学受験において、環境は極めて重要です。なぜなら、マインドは言語化されにくいものの、確実に「伝染」するからです。
最上位クラスには、成績が上がるまでしつこくやり抜く「勝者のマインド」が充満しています。解けない問題があることを屈辱と感じ、正解に辿り着くまでは椅子を立ちません。彼らにとって「やればできる」は単なるスローガンではなく、「できるまでやるのが当然」という行動原理なのです。
対して、下のクラスでは「これぐらいでいいか」という妥協のマインドが支配的です。 「ノートをきれいに書いたから、今日は頑張った」 そんな低い基準で互いを慰め合う環境は、戦略的に見れば「敗北への高速道路」に乗っているようなものです。
僕は指導の際、まず取り組むのは計算テクニックの伝授ではありません。この「成績が上がるまでやめない」という異常なまでの執着心、そして自分の立ち位置を客観的に把握してスケジュールを完遂する「自分を動かす軍師」としての視点を叩き込むことから始めます。
偏差値40台を抜け出すための具体的な「非情な決断」
もし、あなたのお子様が偏差値40台で停滞しているなら、明日から以下の「非情な決断」を下してください。
きれいなノート作りを禁止する ノートは思考の跡であり、展示品ではありません。書き殴りで構わないので、正解に辿り着くまでのスピードを優先させてください。
算数を「算数」として解くのをやめる 真面目に考える必要はありません。僕が教えるのは、小学生を計算マシンに変える「解法のドーピング」です。内分・外分の考え方や、n進法のショートカットなど、高校数学の概念を解体した技術を機械的に適用させます。
捨て問を親が指定する 全問正解を目指すのは、リソースの無駄遣いです。合格最低点から逆算し、今の偏差値では手を出してはいけない問題を「戦略的撤退」として切り捨ててください。
最後に:僕が授業で叩き込むもの
僕の授業は、単なる知識の切り売りではありません。 「絶対に点数を取ってやる」という剥き出しの闘争心と、いつまでに何を仕上げるべきかを冷徹に見極めるメタ認知能力。この二つを、生徒の脳に深く、深く刻み込んでいきます。
非効率な学習を続け、塾の月謝を払い続けるご家庭は、塾経営者から見れば「良質な養分」です。しかし、僕は戦略家として、そんな不合理なゲームからは早く脱出すべきだと考えます。
中学受験というゲームで勝者になりたいのであれば、まずはその「マインド」を入れ替えることです。しつこく、合理的に、そして冷徹に。
明日もまた、無意味なノート作りに励むライバルたちを横目に、僕たちは最短ルートで偏差値60の壁を破壊しましょう。