なぜ、彼はカーナビを無視し続けるのか。 ~受験勉強における『自己流』という名の停滞~
こんにちは。神奈川で塾の運営に携わりつつ、オンラインで個別指導を行っているヒロユキです。
これまで約10年間、大手の中学受験塾で最上位クラスを担当したり、個別の生徒さんと向き合ったりする中で、実に様々なタイプの生徒さんを見てきました。その経験から、常々感じていることがあります。
それは、「最終的に志望校に合格していく生徒は、驚くほど『素直』である」という事実です。
もちろん、地頭の良さや処理速度も関係ないとは言えません。しかし、それ以上に、この「素直さ」という資質が、受験という長いマラソンにおいて、決定的な推進力になっているように、僕には思えるのです。
「素直さ」とは「盲従」のことではない
まず誤解のないようにお伝えしたいのですが、ここで言う「素直さ」とは、自分の意見を持たず、何でも「はい、はい」と聞き入れる「盲従」のことではありません。
むしろ、それは思考停止に近い。僕が指導で大切にしているのは、生徒さん自身が「なぜそうなるのか」を考え、答えへの道筋を自力で辿るプロセスです。ですから、盲目的に従うだけでは、本当の意味で「できる」ようにはならないのです。
では、受験における「素直さ」とは、一体何なのでしょうか。 それは、**「提示された原理原則やプロセスを、一度フラットな視点で受け入れ、試してみる力」**だと、僕は分析しています。
「自己流」という名の停滞
以前、大手塾で教えていた時のことです。非常に頭の回転が速い生徒がいました。しかし、彼は特定の単元(例えば算数の「速さ」)になると、決まって点数が伸び悩むのです。
彼の答案を見ると、いつも独特の解き方をしています。それはそれで興味深いのですが、残念ながら時間がかかりすぎたり、特定のパターンでしか通用しなかったりするものでした。
僕は、テキストに載っている基本的な解法、つまり多くの先人たちが検証し、最も効率的で応用の効く「原理原則」に基づいたプロセスを試すよう、何度も促しました。 「良いですね。その解き方も面白い。では、一度こちらの『手順』でも試してみましょうか」と。
しかし彼は、「自分はこのやり方で解きたい」と、なかなか受け入れてくれませんでした。彼には彼のプライドがあったのでしょう。結果として、彼はその単元を克服するのに、他の生徒の何倍もの時間を要しました。
まるで、最新式のカーナビが「次の角を右です」と案内しているのに、「いや、俺はこの道を行く」と古い地図を頼りに進み、渋滞にはまっているようなものです。そのこだわり自体は否定しませんが、受験という「制限時間内に目的地に着く」ゲームにおいては、合理的とは言えませんね。
「試してみる」という知的な柔軟性
一方で、成績が伸びていく生徒は違います。
彼らも、最初は自己流で解こうとします。それは当然のことで、まずは試してみることは大切です。しかし、僕が「こういう『考え方』や『手順』を試してみると、もっと楽に解けませんか?」と問いかけ、ホワイトボードに図や式を書いて示すと、彼らはこう反応します。
「なるほど。じゃあ、そのやり方で一度やってみます」
彼らは、自分のやり方に固執しません。新しい方法論が提示された時、それが合理的である可能性を素直に認め、まずは試してみるのです。
これは、野球のルールを覚えるのに似ています。なぜストライクは3回なのか、なぜフォアボールは4球なのか、と深く悩む前に、まずは「そういうルール(原理)なのだな」と受け入れてプレーしてみる。プレーする中で、そのルールの合理性や面白さが分かってくる。
学習も同じです。特に数学や理科の原理原則、あるいは英語の文法構造などは、まず「そういうもの」として受け入れ、使ってみる(問題を解いてみる)素直さが必要です。その上で、「なぜ?」という疑問が湧くのは、非常に良いことです。それは原理を受け入れたからこそ生じる「論理的な疑問」であり、理解を深めるチャンスですから。
「素直さ」は、思い込みを解除する
受験勉強において、多くの生徒さんが「これは苦手だ」という思い込みに縛られています。
「僕は計算ミスが多い性格だから」 「私は文章題が根本的に苦手で」
しかし、計算ミスは性格ではなく「仕組み」の問題ですし、文章題も「キーワードを見つけ、情報を整理し、立式する」という「プロセス」の問題です。
素直な生徒は、「苦手だ」という感情はいったん横に置き、「じゃあ、先生が言う『ミスを防ぐ仕組み』を試してみよう」「この『プロセス』通りに一度やってみよう」と、淡々と行動に移します。
その結果、「あれ、できたぞ」「この手順なら大丈夫そうだ」という小さな成功体験を積み重ね、自己効力感を高めていきます。苦手意識という名の思い込みが、素直な試行によって解除されていくわけです。
宇宙船の軌道修正
受験勉強とは、いわば目的地(志望校)に向かう宇宙船の軌道修正を繰り返すようなものかもしれません。
自己流に固執するのは、エンジンの不調を認めず、そのまま飛び続けようとするようなもの。いつか燃料が尽きるか、大きく軌道を外れてしまいます。
「素直さ」とは、管制室(講師や教材)からの「少し軌道がズレています。こちらの計算に基づき、この角度で噴射してください」という提案を冷静に受け入れ、試してみる柔軟性です。
自分の現在地と方法論を客観視し、より合理的なプロセスを取り入れる「知的な柔軟性」。それこそが「素直さ」の正体であり、受験というゲームを攻略する上で、最も強力な武器になるのだと、僕は思います。
まずは、提示されたナビゲーションを信じて、次の角を曲がってみてはいかがでしょうか。意外と近道かもしれませんよ。