算数の偏差値を支配する「7対3」の法則
自宅の窓から丹沢の山々を眺めていると、時折、不思議な現象を目にします。 山頂付近はクリアに晴れているのに、麓の秦野盆地には重たい霧が立ち込めている。あるいはその逆。 自然界というのは、均一に見えて、実は場所によって全く異なる様相を呈しているものです。
これは、中学受験の算数における「点数の取り方」にもよく似ています。 多くの親御さんや生徒さんは、すべての問題を「全力」で解こうとします。霧の中も、晴れた道も、同じアクセル開度で走り抜けようとする。 しかし、それでは事故を起こすか、ガス欠になるのがオチですね。
今日は、以前どこかの記事で目にした「標準と応用の黄金比率」というテーマを、僕なりの視点で、もう少し構造的に分解してお話ししようと思います。
「作業」と「思考」の分離
成績が伸び悩む生徒の答案を分析すると、ある共通点が見つかります。 それは、「本来悩みようのない問題」で時間を使い、「悩むべき問題」で思考を放棄している、という逆転現象です。
僕はよく、生徒にこう言います。 「算数には『作業』と『思考』の2種類しかない」と。
いわゆる典型題、標準問題と呼ばれる全体の約7割。これは「思考」ではありません。「作業」です。 例えば、つるかめ算の面積図や、平面図形の等積変形。これらは、九九と同じレベルで、脊髄反射的に手が動く状態にしておく必要があります。ここに「えーっと」という思考が介入する余地がある時点で、それは演習不足です。
一方、残りの3割にあたる応用問題。ここで初めて、脳のCPUをフル回転させる「思考」が必要になります。
キッチンでの「7対3」
これを料理に例えてみましょう。 一流のシェフが、玉ねぎのみじん切り(=標準問題)をする際、いちいち「包丁の角度はどうしようか」と悩みませんよね。そこは高速かつ無意識に行われる「作業」です。 彼らが悩み、時間をかけるのは、ソースの味の微調整や、盛り付けのバランス(=応用問題)の場面です。
もし、みじん切りに全神経を注いで疲弊し、肝心の味付けがおろそかになったらどうでしょう。 どんなに高級な食材を使っても、その料理は美味しくなりません。
学習も同じです。 7割の「作業」をいかに省エネかつ高速で処理し、残した体力と時間を3割の「思考」に投資できるか。このリソース配分の最適化こそが、受験算数の本質です。
再現性を高める「ナビゲーション」
では、ご家庭でどう実践するか。 以前見かけた記事には「親がナビゲーターになろう」とありましたが、僕ならもう少しドライに、システムとして組み込むことを提案します。
1. ストップウォッチによる「強制終了」 標準問題(作業)に関しては、制限時間を厳しく設定します。 「解けるまでやる」のではなく、「3分で解けなければ、それは解法を覚えていないだけ」と判断し、すぐに解説を見てパターンを再インストールする。ここに感情は不要です。
2. 手段を問わない「ボーダーレス」な解法 応用問題(思考)に関しては、逆に時間を無視します。 ここでは、方程式を使おうが、小学生には反則技と言われるような高校数学の概念(ベクトル的な視点など)を持ち込もうが、解ければ官軍です。 「なぜそうなるのか?」を論理的に説明できるのであれば、使える武器はすべて使う。その試行錯誤のプロセスこそが、初見の問題に対する耐性を育てます。
結び すべてを全力で走る必要はありません。 平坦な道は流すように走り、険しい坂道でこそギアを落として踏ん張る。 そんな「運転の上手さ」が、偏差値という数字には表れるものです。
まあ、かくいう僕も、娘の何気ない一言(=応用問題)に対して、つい脊髄反射(=作業)で返事をしてしまい、妻に怒られることが多々あります。 人生の難問における「7対3」のバランスは、数学よりも遥かに難しいようですね。
Next Step お子さんが現在取り組んでいる問題集のどの部分が「作業(反射で解くべきもの)」で、どこが「思考(時間をかけるべきもの)」なのか、分類に迷うことはありませんか? もしよろしければ、現在お使いのテキストの目次や単元名を教えていただければ、今の時期に優先して「作業化」すべき単元と、じっくり腰を据えるべき単元を僕の視点で仕分けしますよ。