算数が「呼吸」に変わる瞬間:試験時間を余らせるための「自動化」論
神奈川の冬の夜は、空気が澄んでいて遠くの街灯りまでよく見えます。塾の窓から外を眺めていると、ふと思うことがあります。あんなに遠くの光が見えているのに、なぜ子供たちは目の前にあるテストの問題で「わかっていたはずなのに」と立ち止まってしまうのか、と。
「解説を聞けば100%理解できる。でも、一人で解くと時間が足りない」 「家ではできるのに、本番になると計算ミスを連発する」
僕の元に寄せられる相談の多くは、この「理解と結果の乖離」に集約されます。結論から申し上げましょう。それは、その解法がまだあなたの「所有物」になっていないからです。
今回は、単なる暗記を超えた、脳が思考を省くためのプロセス――「自動化」についてお話しします。
「わかる」という名の、心地よい罠
多くの受験生が陥るのが、「わかった」という感覚だけで満足してしまう罠です。
塾の授業でプロ講師が鮮やかな解法を示す。生徒は「なるほど、そう解けばいいのか!」と感動する。この瞬間、ドーパミンが出て、あたかも自分がその問題を攻略したかのような錯覚に陥ります。
しかし、これは「レシピを読んで、美味しい料理の味を想像した」状態に過ぎません。実際に厨房に立ち、限られた時間の中で、火加減を調整し、包丁を捌けるかどうかは全く別の話です。
なぜテストになると「手が止まる」のか
テストで時間が足りなくなる最大の理由は、「どう解くんだっけ?」と脳が検索している時間にあります。
「比を使って解くのかな?」
「面積図を書くべきか、線分図か……」
こう考えている時点で、その問題はまだ「自動化」されていません。合格圏内にいる生徒たちの手は、問題文のキーワードを読んだ瞬間に、条件反射的に動き出しています。
I先生の教え:手が勝手に動く「自動化」の領域
僕が尊敬する指導者の一人に、I先生という方がいます。彼はかつて、「自然に手が動くようになるまでやり込みなさい」と説きました。
これは精神論ではありません。極めて合理的な脳の使い方の提案です。
料理と同じ。レシピを見ているうちは素人
例えば、あなたが毎日作る味噌汁を想像してください。出汁の量や味噌の加減を、毎回分厚いレシピ本で確認しますか? しないはずです。他のことを考えながらでも、あるいは娘と会話しながらでも、手は勝手に動いて完成させることができますよね。
これが「自動化」です。
算数においても、例えば「3.14の掛け算」や「1から10までの等差数列の和」などは、いちいち筆算したり公式を思い出したりするのではなく、脳のワーキングメモリを使わずに処理すべき事項です。
計算や基本解法を自動化することで、脳の「空き容量」を確保し、それを最後の一捻りが必要な応用問題に投入する。これが、試験時間を余らせるための唯一の戦略です。
具体的な「自動化」トレーニングの3ステップ
では、どうすれば「自動化」の域に達することができるのでしょうか。僕が指導で行っている3つのステップを紹介します。
1. 思考のショートカットを作る
僕はよく、中学生の知識を小学生の算数に、あるいは高校数学の概念を中学受験に持ち込みます。
例えば、立体の切断。これを単なる想像力に頼るのは非効率です。ベクトル的な視点や、比の性質をパターン化して「この形なら、この比」と瞬時に判断できるように整理します。思考のプロセスをショートカットすることで、処理速度は劇的に上がります。
2. 制限時間という「負荷」をかける
「丁寧さ」は大切ですが、それが「遅さ」の免罪符になってはいけません。 練習の段階から、本来の制限時間の8割程度の時間設定で解く訓練を積みます。負荷をかけることで、脳はより効率的な処理経路(バイパス)を形成しようとするからです。
3. 「無意識」を確認するセルフチェック
僕が娘に勉強を教えるときも意識していることですが、問題を解き終えた後に「今の解き方を、何も見ずに30秒で説明して」と伝えます。 言葉に詰まるようであれば、それはまだ手が勝手に動くレベルには達していません。
結びに:再現性をデザインする
「努力は裏切らない」という言葉がありますが、僕は半分正解で半分は間違いだと思っています。正しい方向への、正しい強度の努力だけが、結果を保証します。
「わかる」を「できる」に変え、さらにその先の「勝手に手が動く(自動化)」まで磨き上げる。そこには、根性や気合といった曖昧なものは介在しません。あるのは、「再現性をどこまで高めるか」という冷徹なまでの合理性だけです。
もし、お子様がテストのたびに「時間が足りない」と嘆いているのであれば、それは練習不足ではなく、練習の「深度」が足りないのかもしれません。
次は、その「深度」を測るための具体的なチェックリストについてお話ししましょうか。
次回の記事では、具体的に「どの単元を自動化すべきか」の優先順位リストを公開する予定です。もし、お子様の特定の弱点について気になることがあれば、いつでもご相談ください。