「図を書きなさい」が逆効果である理由
言えば言うほど、書かなくなる。
「図を書いて考えなさい」「線分図を描いてから解きなさい」。お母さんが何度言っても、子どもは意地でも書かない。特に男の子はひどい。「書かなくても解けるから」と言って、頭の中だけで解こうとする。
問題は、頭の中だけで処理できる問題には通用しても、複雑になると破綻することだ。そして破綻したとき、「図を書かなかったから」とは気づかない。「難しい問題だから解けなかった」と解釈して終わる。
この繰り返しが、偏差値の天井を作る。
なぜ「図を書け」と言っても聞かないのか
子どもの頭の中には、「問題を解く」というタスクがある。
問題を読む。考える。答えを出す。これが一連のタスクだと認識している。図を書くことは、このタスクの「邪魔」だと感じている。
お母さんが「図を書いて」と言っても、子どもの頭の中では「今、問題を解いているところに余計な作業を挟まれた」という感覚になる。だから反発する。
反発しない子は、最初から「図を書くことが問題を解くことの一部」だと理解している子だ。でも、それは相当な時間と練習を経て習得するものだ。最初からできる子は少ない。
タスクを分離する、という発想
解決策はシンプルだ。「問題を解くタスク」と「図を書くタスク」を、完全に分ける。
やり方はこうだ。
まず、図がなくても解けるくらい簡単な問題を解かせる。計算で解けるレベルでいい。正解したら、「じゃあこれを図にしたらどうなるかな?」と聞く。
このとき、子どもの頭の中では「問題を解く」タスクはすでに完了している。「答えは出た。正解した。」という状態だ。次に「図を書く」という新しいタスクが降ってくる。
この瞬間、図を書くことへの抵抗がほぼなくなる。なぜなら、もう問題を解くプレッシャーがないからだ。「答えを出してから、図を描く練習」という形になっているので、純粋に作業として受け入れやすい。
図が下手でも、絶対に褒める
書き始めたら、どんなに雑でも褒める。
何が書いてあるか分からないくらい雑でも、「いいじゃん」と言う。
完璧な図を求めると、また書くことへの抵抗が生まれる。最初の目標は「書くこと」であって「綺麗な図を書くこと」ではない。書く習慣が先で、精度は後からついてくる。
徐々に、難しい問題でも「まず図を書いてみよう」という順序が自然に身についていく。でも最初の入り口は、簡単な問題で正解した後の「じゃあ図にしてみて」だ。
車の運転で例えるなら
図を書く練習を難しい問題でやらせるのは、車の運転を首都高から練習させるようなものだ。
まず誰もいない広い駐車場で、基本操作を覚える。それができてから、一般道、幹線道路、と難易度を上げていく。
図の練習も同じだ。簡単な問題で書く習慣をつける。それができてから、複雑な問題でも図を使うようになる。
「難しい問題で図を書かせよう」とするから、子どもはパンクする。入り口を変えるだけで、まったく違う結果になる。