教えすぎる先生が、子どもの算数を止めている
「分かりやすい先生がいい先生」という認識を、一度疑ってほしい。
説明が丁寧で、どんな質問にも詳しく答えてくれて、授業が終わった後に「よく分かった」という満足感がある先生。こういう先生を良い先生だと思っている保護者は多い。
でも、分かりやすい授業を受けた後に成績が上がるかどうかは、別の話だ。
「教わったこと」は忘れる。「自分で解いたこと」は残る
僕が10年以上指導してきて、確信していることがある。
教わった解き方は、忘れる。自分でたどり着いた解き方は、忘れない。
理由はシンプルだ。教わった内容は「インプット」だ。自分で解いた経験は「アウトプット」だ。記憶として定着するのは、アウトプットの方だ。
どんなに丁寧な説明を聞いても、それは所詮「聞いた体験」に過ぎない。自分の頭を使って問題を解いた体験とは、まったく質が違う。
受験本番では、誰も教えてくれない。自分の頭だけで動ける状態を作ることが、指導の目的のはずだ。
良い先生の基準は「1割のヒント、9割は自分で解かせる」
僕が考える良い算数講師の基準は、ひとつだ。
生徒が詰まっているとき、1割のヒントだけ与えて、残り9割を自分で解かせる人。
具体的には、こういう動き方だ。生徒が問題を解けずに止まっている。講師が「どこまで考えた?」と聞く。「ここまで来た」と言う。「じゃあ、次にこれをやってみて」と、一つだけ方向を示す。あとは黙って待つ。また止まったら、もう一つだけ示す。最終的に、生徒自身の手で答えを出させる。
この過程で、生徒が自分で動いた割合が8〜9割ある。教わった割合は1〜2割だ。だから残る。
「池上彰さんアプローチ」の先生は外す
僕は説明の長い先生を「池上彰さんアプローチ」と呼んでいる。
見ている間はなんとなく分かる。終わった後は満足感がある。でも、何も残らない。ニュース解説と同じだ。聞いた翌日、誰かに内容を説明しようとすると、ほとんど出てこない。
算数の授業も同じだ。「この問題はこうで、こうで、だからこうなる」という説明を丁寧に聞かされた子は、授業中は分かった気がしている。次の週、同じパターンの問題に当たっても、解けない。
「よく分かる先生」という評判は、実は注意信号だ。
師匠から言われた言葉
僕が駆け出しの頃、業界で伝説と言われる先生に師事した。新幹線で通ってくる生徒がいるほどの人だった。
その先生がいつも言っていたのは、「教えるな」だった。
「解かせろ。解けるように押し上げろ。でも、解法を教えるな」
当時は意味が分からなかった。生徒が詰まっているのに教えないのは、むしろ親切じゃないんじゃないか、と思っていた。
10年以上経って、完全に正しかったと分かった。教えないことが、子どもの実力を伸ばす。これは感覚論ではなく、成績として数字に出る。
体験授業で確認すべきこと
算数の先生を探すなら、体験授業で一つだけ見てほしいことがある。
子どもが詰まったとき、その先生はすぐに解説を始めるか。それとも、少し待って、問いかけながら引き出すか。
すぐ解説する先生は、教えたがりだ。外す。
子どもに考えさせて、少しずつ引き出す先生は、伸ばせる先生だ。選ぶ。
説明が短くて、子どもがよく動いている授業が、良い授業だ。