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難関校の最終問題は「教材」だ。解けなくていい理由

2026/5/26

中学受験の過去問を前に、こんな光景を何度も見てきた。

親が「この問題、解けるようになった?」と聞く。子どもが「わからない」と答える。親が「じゃあもう一回やり直して」と言う。

この会話、根本的にズレている。

難関校の最後の方に並ぶ問題というのは、「解けるかどうか」で評価するものではない。そこに込められた設計の意図を理解した瞬間、その問題はとんでもない教材に化ける。

スーパーマリオの1-1が天才である理由

突然だが、スーパーマリオブラザーズのワールド1-1の話をさせてほしい。

ゲーム業界では、あのステージ設計は伝説的に評価が高い。理由は単純で、説明書を読まなくてもあのステージを遊ぶだけで、マリオというゲームのルールと操作方法がすべて分かってしまうからだ。

最初に現れるクリボーまでの距離、最初のブロックの配置、最初のコインの位置。すべてが「ここをこうすれば何かが起きる」という体験を積み重ねるように設計されている。プレイヤーは誰に教わることもなく、「Bボタンを押し続けると速くなる」「ジャンプのタイミングで高さが変わる」という原則を、自分の手で発見する。

これは教育設計の極致だ。

そして、まったく同じ構造の問題が算数の世界に存在する。

「解くだけで算数の構造が見えてくる」問題

僕はこれを密かに「1-1問題」と呼んでいる。

たとえば、一見すると複雑な旅人算に見える問題が、解いていくうちに割合の概念を使わないと本質にたどり着けない構造になっている。あるいは、図形の面積を求めているつもりが、気づけば数の性質や比の操作をしていた、という問題だ。

良い問題というのは、ひとつの問いの中に、数の概念・割合の概念・図形の概念が有機的に絡み合っている。解き終わった子どもが「なんかすごいものを解いた気がする」という感覚を持つ問題のことだ。

こういう問題は、難関校の入試問題の末尾にこそ出てくる。

灘・開成・筑駒・聖光・栄光。これらの学校が最後の大問に仕掛けてくる問題の多くは、単なる難問ではない。算数という科目の奥深さを、ひとつの問いで体感させる設計がされている。出題者がその問題に込めたメッセージは、点数ではなく「算数をどこまで楽しんでいるか」への問いかけだ。

解けなくていい。でも、やらないのは損だ

ここで多くの家庭が誤解をする。

「うちの子の志望校ではないから」「どうせ解けないから」という理由で、これらの問題をスキップする。

もったいない、の一言だ。

難関校の末尾問題を過去問として取り組む意義は、「その学校に合格するため」だけではない。あの手の問題を一問ていねいに解くだけで、算数の基礎体力がまとめて鍛えられる。

マリオの1-1を一度クリアするだけで、初心者がゲームの基本をすべて習得できるのと同じだ。解く過程そのものが、算数における概念の結節点を体験させてくれる。

偏差値50台で停滞している子の多くは、知識がバラバラに存在している状態だ。速さの公式は知っている。割合の公式も知っている。でも、それらがひとつの問題の中でどう連動するかを経験していない。良問を解くことで、その経験が初めて積まれる。

僕の授業でやっていること

僕は授業の中で、生徒の志望校に関わらず、こういう問題をピックアップして積極的に解かせている。

解けなくても構わない。途中まで考えて止まっても構わない。その「止まり方」を一緒に分析することで、どの概念が抜けているかが鮮明に見えてくる。

診断と補填を同時にやれる問題、それが良問の条件だ。

塾のテキストには「基本」「標準」「応用」という分類がある。多くの家庭はその順番通りに進もうとする。だが、ある種の良問は、基本と応用を同時に含んでいる。そこに早い段階で触れることで、子どもの中に算数の全体像が先に形成される。あとは肉付けするだけだ。

テキストを端から端まで潰すのではなく、骨格を先に作る。良問を使った指導は、その最短ルートだと思っている。

「解けない問題」との正しい付き合い方

難関校の最終問題を前にして、多くの子どもは無力感を覚える。それは当然だ。でも、その無力感の質が大事だ。

「なんかすごいことが起きてる気はするけど、うまくいかない」という感覚と、「何がなんだか全く分からない」という感覚は、まったく異なる。前者の子は、その問題に何度か触れるうちに必ず伸びる。後者の子は、まだその問題に触れる段階ではない。

良問を使った指導で僕が見ているのは、正答率ではなくこの「止まり方」だ。

解けなくていい。ただ、どこで止まったかを正確に把握してほしい。それだけで、次の授業の設計が変わる。

過去問というのは、単なる「慣れ」のための道具ではない。良く設計された問題は、解く者の算数の地図を書き換える力を持っている。

解けるかどうかを気にするより前に、「この問題が何を教えようとしているか」を問う習慣を、子どもよりも先に親が持ってほしいと思う。

個別に「この子に合う良問」を選定したい方は、マナリンクのプロフィールページからどうぞ。一問の選び方で、算数の伸び方は変わります。

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