数字では語れない「ひとりひとりの」受験物語 ~受験というシステムと、その中で生きるひと~

予備校や塾の広告には、「東大○名合格」「難関私大○名突破」といった数字が並びます。それはたしかにひとつの成果ですし、社会の中での価値を示していることも否定しません。
ですが、私は毎年15名ほどの受験生と向き合う中で、いつも思うのです。
本当に大事なのは、「何名合格したか」ではなく、「どう生きたか」だ、と――。
受験というのは、単なる「テスト対策」ではなく、一人ひとりの「物語」が展開される舞台だということを、私たち大人はもっと意識すべきなのではないか、と――。
「能力」ではなく、「システムとの関係」
大学受験という構造、すなわちシステムとは、生徒の「今できること・できないこと」「将来やりたいこと」そして、「本人の持って生まれた気質やリズム(流れ)」といった見えない構成要素を内包するものです。
私は特に「個人のリズム」に着目します。
どうしても朝に弱い
知識を積むのが得意か、構造を理解するのが得意か
人と関わることで伸びるタイプか、ひとりで深く考えるタイプか
どうしても思考がネガティブに引きずられる
などなど
こうした個々の「人生の」リズムや限界を無視して、ただ「合格者数」だけで評価してしまうのは、システムデザインとして非常に雑です。というか端的に、その生徒の構造というもっとも重要なことを把握できていない。
合格の先にあるものを見る教育へ
ある年のこと。E判定から早稲田に合格した生徒がいました。でも彼の物語は合格よりも、「自分の人生に意味を見いだした瞬間」にありました(と、私は感じます)。
逆に、模試でずっとA判定だった生徒が本番で思うような結果が出ず、そこで初めて「自分はこのままではダメだ」と気づいたこともありました。
受験は「結果」ではなく「関係の変化」を見る場
だからこそ、私たち指導者に求められるのは、「いま目の前のこの生徒がどんな<物語>を生きているのか」を洞察することです。換言すれば、どのような構造の中に生きているのかを洞察すること。そして、それを言語化し、一緒に設計していくこと。協調的にデザインすること。
おわりに
数字に顕現しない一人ひとりの物語に目を向けるとさまざまなことがわかります。何が「無理をしている」ことであり、何が「努力が足りない」ことなのか――たとえばこれがわかります。
これから受験を迎えるみなさんはどうか、「合格」だけをゴールにしないでください。自分という「システム=構造」をどうデザインし、どんな未来に向かいたいのか。譲れないものはなにか。逆に、妥協してもいいことは何か。そこにこそ、あなたらしさが表れるからです。
なぜなら受験とは、あなたらしさ以上でも以下でもない結果が出るものだからです。