生徒の旅立ち1⃣ 「字が汚いと馬鹿にされて」

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2025/2/14

わたしが教えた生徒がどのような関わりの中で成長していったのか、内容以外の個人情報を架空のものに変えて、これからお伝えしていきたいと思います。この経験談が、どこかのご家族の教育の一助になれば幸いです。

 今日お話ししたいのは、ギフテッドの男の子についてです。当時、彼は見た目は小柄でおとなしそうな中学1年生のこどもでした。まだ思春期を迎えていない彼ですが、話し始めると高校生とそん色ないような話しぶりとその内容に驚いた印象があります。

 初回の授業では、彼は学校に馴染めず不登校という状況でした。心細そうな表情で塾の座席に座る彼の姿が今でも目に浮かびます。トラウマのようなものがあると聞いていたので、まずは時間をかけて、彼の人間関係や学力の現状について、できる限り安心感を与えながら話を聞きました。彼の成績は中の下、友人は数人、家族との関係は良好でした。ただし、母親は少し過保護気味で、父親は厳格で相談しづらい雰囲気。そして、文武両道の優秀な姉がいることも分かりました。話を聞くうちに、一見すると不登校になるような明確な理由は見当たりませんでしたが、その論理的な話しぶりから、彼の知性の高さが原因で人間関係に困難を感じたり、学校の授業が退屈に感じられたりしているのではないかと感じました。

 そんな中、彼の本来の力を引き出し、もっと話を聞き出すために、まずは彼が退屈しない環境を作ることを目指しました。授業では中学生向けの内容にとどまらず、あえて高校生向けの指導のように、政治や芸能、エンタメなどの話題を取り入れました。すると、初めは内気だった彼も次第に話に引き込まれ、笑顔を見せる場面が増えていきました。そんな姿を見て、少しずつ彼の心が開いてきたことを感じられたのはとても嬉しい瞬間でしたね。

 やがて、彼は学校に行かなくなった理由について語り始めました。その一番の原因は、クラスの担任に「字が汚い」と馬鹿にされたことだったそうです。そのときの彼の悲しそうな表情は忘れられません。教師としてあるまじき態度ですが、彼がその教師に反発すれば新たな対立を生み、ますます居場所を失う可能性もあります。そこで私は、まず彼の気持ちに寄り添うことを大切にしました。こういう時、アドバイスはしません。「わたしも字が汚いと言われたことがあるよ。一生懸命書いたのに他人に馬鹿にされるのは、すごくつらいよね。本当に大変だったね」と声をかけ、彼の感情をしっかり受け止めました。

 さらに、「字が汚いとかきれいとかは、人それぞれの感じ方だよ。それで君の価値が決まるわけじゃない。むしろ、君は多趣味で物事を深く考えられる、繊細で思慮深い人間だと思う。そもそも字の綺麗さは大した問題じゃないかもしれない。」などと伝えました。そのとき、彼がふっと安心したような表情を見せた記憶があります。

 その後、彼は字が汚いと言われたことに向き合い、少しずつ克服していきました。たとえば、授業の中で私が手書きの練習を楽しいゲーム形式にしたり、字を書くことに対して自信がつくような機会を提供しました。また、彼自身も「自分の字は他の人と違う個性の一部なんだ」という考え方を受け入れられるようになっていきました。そして、それが彼の自信につながったのか、学校に行ってみようかなと話すようになりました。

 最終的に保護者様から連絡があり、彼は再び学校に楽しく通えるようになったとご報告を頂きました。字の綺麗さの評価だけでもたくさんあることを学び、「物事の解釈は個人や状況次第で変わる」という考え方を知ることがトラウマに立ち向かう大きな支えになったのかもしれません。幼い子どもたちは、自分の世界がまだ狭い分、周囲の評価に大きく影響を受けやすいものです。だからこそ、彼らにとって、現状を整理し、評価を相対化する時間を作ることが、その狭い世界を和らげるきっかけになるのではないかと思います。そして安心できる環境が整えば一安心です。彼は元々頭が良かったこともあり、成績はぐんぐん伸びていきました。ご家庭の都合で、最後まで勉強を見てあげられなかったのは心残りです。

 今でも元気でやっているでしょうか。自分の汚いノートを見ると、ふと彼のことを思い出します。わたしも幼いころ、字が象形文字みたいだって馬鹿にされたこともありました。でもなんでもいいんです。自分がいいと思えば。人は大したことないことで悩みがちで、そんな悩みを受け入れられた時、わたしたちは前に進むことができます。

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