午前3時のバルコニーで、私は泣きながら英語を覚えた ネイティブだけの教室で『一番』を取った元留学生が、今だから親に伝えたいこと
「留学すれば、英語は自然に話せるようになる」。お子さんの進路を考えるとき、そんな言葉を一度は耳にしたことがあるのではないでしょうか。私自身、高校生の頃はそう信じて疑いませんでした。海の向こうへ渡りさえすれば、世界が勝手に開けていくのだと。けれども、実際にアメリカの大学で私を待っていたのは、想像していたものとはまるで違う、長く、静かで、孤独な闘いでした。今日は、その中でも忘れられない2年間のことを、同じように子どもの将来を案じる保護者の皆さまにお話ししたいと思います。

私が履修したのは「スピーチコミュニケーション」という授業でした。人前で自分の考えを英語で組み立て、声に出して伝え、聴衆を納得させる。その力を評価される科目です。教室を見渡すと、留学生は私ひとりだけでした。周りはすべて、生まれたときから英語を話してきたアメリカ人の学生たち。彼らにとって英語は空気のようなものです。言葉を探す必要もなく、冗談を交えながら軽やかに話し、笑いを取り、拍手を浴びていく。その隣で、私は一文を口にするたびに、文法は合っているか、発音は通じるか、言い回しは不自然ではないかと、頭の中で何度も確認していました。
最初の発表の日のことは、今でもはっきり覚えています。準備した原稿の半分も言えないうちに頭が真っ白になり、教室の沈黙が、まるで重い水の中にいるように体にのしかかってきました。誰も意地悪をしたわけではありません。ただ、彼らの「普通」と私の「精一杯」の間に、途方もない距離があった。その現実を、あの日初めて突きつけられたのです。
普通なら、そこで別の授業に逃げたかもしれません。けれど私は、その授業を2年間、取り続けることを選びました。負けたままでは終われない、という意地もありました。そして何より、ここで背を向けたら、自分は一生「英語から逃げた人間」になってしまう。そんな恐れがあったのだと思います。
それからの毎日は、今振り返っても、よくあれほど続けられたものだと思います。昼間は授業と課題に追われ、スピーチの原稿に取りかかれるのは夜になってから。自分で原稿を書き上げると、寮の部屋を出てバルコニーに立ちました。ルームメイトを起こさないためです。夜の空気は冷たく、街の灯りもまばらになっていく中、私はまるで牢番のようにそこに立ち尽くし、小さな声で原稿を何度も何度も繰り返しました。一文を覚え、次の一文を覚え、最初から通して言い、つかえたらまた最初から。気がつけば午前3時、ときには4時を回っていることも珍しくありませんでした。東の空がうっすら白み始めるのを、何度あのバルコニーから見たか分かりません。
暗記だけでは足りないことも分かっていました。私が書く英語は、文法的には正しくても、ネイティブの耳にはどこか硬く、教科書のように響いてしまう。そこで、親しくなったアメリカ人の友人に頭を下げ、原稿を見てもらうことにしました。「この言い方は、僕らなら使わないな」「ここは、こう言ったほうが気持ちが伝わるよ」。彼は嫌な顔ひとつせず、私の発音を一つひとつ直し、言い回しに赤を入れてくれました。自分のつたない英語を人前にさらけ出すのは、正直に言えば恥ずかしく、情けない気持ちにもなりました。それでも、直してもらった原稿を持ってまたバルコニーに立つと、昨日より少しだけ、言葉が自分のものになっていく感覚がありました。
そうして迎えた2年目の終わり。成績が発表されたとき、私は自分の目を疑いました。ネイティブの学生ばかりのあのクラスで、私の評価が一番だったのです。英語を母語としない、たったひとりの留学生が。担当の教授がかけてくれた言葉は、今も胸の奥に残っています。あの瞬間、夜のバルコニーで震えながら繰り返した無数の文が、ようやく報われたのだと感じました。
ここまで読んでくださった方は、きっと「だから留学は素晴らしい」という結論を予想されているかもしれません。けれど、私が本当にお伝えしたいのは、少し違うことです。
もし今、高校時代の自分に戻れるとしたら。そして、アメリカ留学というものが、自分をどんな事態に投げ込むのかを事前に知っていたとしたら。私は間違いなく留学を選ばず、日本の大学にそのまま進学していたと思います。それほどまでに、あの日々は過酷でした。自分の力のなさと毎日向き合い、誰にも弱音を吐けず、ただ夜明けまで言葉を覚え続ける。その重さは、パンフレットの笑顔の写真からは決して読み取れないものです。
だからこそ、保護者の皆さまに申し上げたいのです。留学は、魔法ではありません。行けば自然に英語が身につく場所ではなく、自分で必死にしがみついた者だけが、ようやく何かをつかめる場所です。お子さんを海外に送り出すことを考えているなら、その決断の前に、現地で何が待っているのかを、どうか正直に話し合ってあげてください。そして、日本にいながらでも、あの夜の私がやっていたような「本物の努力」は積み重ねられるということも、知っておいていただきたいのです。
原稿を書き、声に出し、ネイティブの感覚で直してもらい、また覚える。私があのバルコニーで身につけたこの方法は、実は大学受験の英語にもそのまま生きています。早慶や医学部の難しい英文も、結局は「一文ずつ、自分のものにしていく」ことの積み重ねでしか攻略できません。遠回りに見えて、それが一番の近道なのです。
あの冷たい夜風の中で私が学んだのは、英語そのもの以上に、「できない自分から逃げずに、毎日向き合い続ける力」でした。その力は、留学しなければ手に入らないものではありません。机に向かう高校生にも、きっと育てることができます。
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