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間違えない力より、気づいて直す力

2026/10/5

――リハビリで知った「間違える余白」の大切さ

骨折をしてから、身体について考える機会が増えました。

骨がつながれば、以前と同じように動ける。私はどこかで、そんなふうに思っていました。

けれども、実際にはそう単純ではありませんでした。

治ったはずなのに、うまく力が入らない。片足で立つと、身体がぐらつく。頭では「こう動かす」と分かっているのに、身体が思いどおりについてこないことがあります。

リハビリは、筋力を元に戻すだけのものではありません。身体から送られてくる情報を受け取り、どう力を入れ、どうバランスを取るのかを、脳がもう一度学び直す時間でもあるそうです。

いわば「脳の再教育」です。

ぐらつくから、学び直せる

片足立ちをすると、私はまだ少しぐらつきます。

けれども、そのぐらつきは、単なる失敗ではありません。

身体が傾いたことに脳が気づき、倒れないように力の入れ方を変える。思った方向に動かなければ、別の筋肉を使って調整する。その小さな修正を何度も繰り返すことで、少しずつ安定して立てるようになります。

もし、ぐらつくたびに誰かが身体を完全に支えてくれたら、安全ではあるでしょう。

しかし、自分で傾きを感じ、自分で立て直す経験はできません。

少しぐらついても大丈夫な環境があるから、脳は修正の仕方を学べるのです。

これは、子どもの学習にもよく似ています。

ミスをゼロにすることが、学習の目的ではない

授業をしていると、生徒が計算の途中で符号を間違えたり、問題文の条件を読み落としたりすることがあります。

もちろん、最終的には正確に解けるようになることが目標です。

けれども、学習の途中で一度も間違えないことが、本当に大切なのでしょうか。

私は、それよりも、

「何かおかしい」

と自分で気づき、どこで間違えたのかを探し、正しいところまで戻れることの方が大切だと考えています。

学習には、

試す。
間違える。
違和感に気づく。
原因を探す。
修正する。

という過程が必要です。

この過程を繰り返すことで、子どもは単に正解を覚えるのではなく、自分で考えを立て直せるようになります。

間違えさせない指導の落とし穴

子どもが間違えそうになると、大人はつい先回りしたくなります。

「そこ、符号が違うよ」
「そのやり方では間違えるよ」
「ちゃんと問題を読みなさい」

失敗する前に教えてあげることは、親切に見えます。

しかし、いつも大人が先に間違いを見つけてしまうと、子ども自身が違和感を発見する機会は減ってしまいます。

すると、「間違えないように教えてもらうこと」には慣れても、「自分で間違いを見つけて直すこと」には慣れません。

転ばないように身体を支え続けていたら、自分でバランスを取る練習ができないのと同じです。

学習にも、安全に間違えられる余白が必要なのだと思います。

もちろん、放っておけばよいという意味ではありません。

大きくつまずいて自信を失う前に支えることは必要です。一方で、小さなミスまで大人がすべて取り除かず、本人が「あれ?」と立ち止まる時間を残すことも必要です。

教える側に求められるのは、間違いをゼロにすることではなく、子どもが自分で修正できる範囲を見極めることなのでしょう。

テストは、終わるまでが学習の時間

テストで計算ミスをしたとしても、終了までに自分で気づいて直せれば、失点にはなりません。

途中で間違えたという事実よりも、見直しの中で違和感を見つけ、正しい答えへ戻れたことの方が重要です。

だから授業でも、私は「一度で間違えずに解けたか」だけでなく、「自分でミスに気づいて修正できたか」を見たいと思っています。

自分で直せた経験は、次の問題を解くときの力になります。

確認する場所が分かる。
自分の間違いやすい癖が分かる。
途中式を見直す意味が分かる。

こうした力は、正解だけを与えられていても、なかなか身につきません。

今の失敗が、一生続くわけではない

子どもの成績や将来を心配する保護者の方ほど、失敗を見るのが怖いのだと思います。

今ここで間違えている。
同じミスを繰り返している。
このまま変わらないのではないか。

そう不安になるのは、自然なことです。

けれども、今の失敗が、その子の完成形ではありません。

人は、失敗しないことで成長するのではなく、失敗に気づき、修正する経験を重ねることで変わっていきます。

私自身、骨折とリハビリを通して、身体の使い方をもう一度学んでいます。うまくできない日があっても、ぐらつきながら調整を繰り返すことで、少しずつ動きは変わっていきます。

学習も同じです。

必要なのは、根拠のない「きっと大丈夫」という言葉ではありません。

人が変わっていくための仕組みを理解し、その仕組みが働く環境をつくることです。

人生も、途中で修正できる

間違えた瞬間に、すべてが決まるわけではありません。

テストは、終了までに気づいて直せれば失点にはなりません。

人生には、テストのような明確な終了時刻さえありません。

進む方向を間違えたと思ったら、立ち止まる。違和感の原因を考える。そして、もう一度進む方向を選び直す。

何歳になっても、私たちはそれを繰り返すことができます。

完璧に歩くことだけが、成長ではありません。

ぐらついたときに、自分で立て直せること。

それが、リハビリと教育の両方から私が学んだ、「本当に身につけたい力」です。

さて、私の身体もまだ学習の途中です。

それでは、今日もジムへ行ってまいります。

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