子どもは本当に勉強が嫌いなのか
夏休みの、あの光景
夏休みも半分を過ぎました。
朝から動画を見ている。宿題は手つかず。何度言っても机に向かわない。
「うちの子は勉強が嫌いだから」
そう口にしたくなる時期かもしれません。私も保護者の方から、この言葉を何度もうかがってきました。
ただ、長く子どもたちを見てきて、ひとつ思うことがあります。
「勉強が嫌い」は、その子の性格なのでしょうか。
「わかる」は、本来うれしいことです
思い返してみてください。
ずっと解けなかったパズルが解けた瞬間。仕組みがわからなかったものの理屈が、急につながった瞬間。
人は「わからなかったことがわかる」とき、はっきりと喜びを感じます。これは年齢に関係ありません。小さな子が「なんで?」を繰り返すのも、知ることそのものが楽しいからです。
だとすると、勉強を嫌がっている子は、知ることが嫌いになったのではなく、「わかる」という経験から遠ざかってしまっているのではないか。
私はそう考えています。
「勉強嫌い」は原因ではなく、結果かもしれません
つまずいている子に理由を聞くと、返ってくる答えの多くは「わからないから」です。
わからない → できない → おもしろくない → やりたくない
この順番で進んでいきます。「やりたくない」が先にあるのではありません。わからない状態が長く続いた結果として、やりたくなくなっている。
そうだとすれば、向き合うべきは意欲ではないことになります。
学校が悪いわけではありません
では、なぜわからない状態が続いてしまうのでしょうか。
学校は一斉教育です。30人以上の子どもに、決まった時間で、決まった範囲を教えます。ひとりが理解するまで全体を止めて待つことは、仕組みの上でできません。
これは先生の努力が足りないという話ではなく、構造の問題です。
その結果、7割わかった子も、3割しかわからなかった子も、同じように次の単元へ進みます。そして数学のような積み上げの科目では、曖昧なまま通り過ぎた部分が、後から必ず効いてきます。
一次方程式が曖昧なまま連立方程式に入り、連立方程式が曖昧なまま二次方程式に入る。
こうなると、授業の時間はまるごと「わからない時間」になります。それが毎日、何年も続きます。
勉強が苦痛になっていくのは、むしろ自然なことではないでしょうか。
個別指導にできること
家庭教師や個別指導の価値は、「わからないところを解説してくれること」だと思われがちです。
私は、そうは思っていません。
本当の価値は、わかるまで、手を替え品を替え、とことん付き合えることにあります。
一斉授業では止められない歩みを、その子のところで止められる。中2の子に、必要なら中1の最初まで戻りましょうと言える。図で説明してだめなら、具体物に置き換える。それでもだめなら、別の角度から入り直す。
時間をかけてよい、というだけで、できることは大きく変わります。
「周りに追いついてほしい」という願い
とはいえ、保護者の方が「周りに追いついてほしい」と願うのは、とても自然なことです。私自身も親ですので、その気持ちはよくわかります。
ただ、その願いが強くなりすぎると、その子が今どこにいるのかが見えにくくなることがあります。
学年相当の内容ができないことを責めても、できるようにはなりません。今その子がどこでつまずいているのかを見つけて、そこから積み直すほうが、遠回りに見えて確実です。
そして、最終的に必要な知識の量も、学び方も、一人ひとり違います。全員が同じ地点を目指さなければならない理由は、本当はないのだと思います。
ある女の子の話
以前、塾に勤めていたころに担当した女の子の話をさせてください。
中学2年生から見ることになりました。私が担当していたのは数学だけです。もともと勉強が得意な子ではありませんでした。
数学については、中1の一番最初まで戻ってやり直すことにしました。学年相当の内容には、しばらく手をつけませんでした。
その子は、計算の宿題だけはきっちりやってきました。毎回です。
一次方程式、連立方程式、二次方程式、二次関数、展開、因数分解。
時間はかかりましたが、計算はひととおりできるようになりました。
正直に書きます。それでも、文章題や応用問題は、最後まで思うようには伸びませんでした。 数学という一科目の中でさえ、全部をできるようにすることは、私にはできませんでした。
それでも、その子の中には確かな変化が起きていました。「自分は数学ができる」という感覚が、はっきりと芽生えたのです。
そして進路を決めるとき、その子が選んだのは普通高校ではありませんでした。
「商業高校に行って、簿記などの資格を取りたい。計算ならできるから」
そう言って、進学していきました。
文章題は、最後まで苦手なままでした。それでもその子は、自分に何ができるようになったのかを正確につかんで、それが活きる場所を自分で選んだのです。
その子は、勉強が嫌いだったのでしょうか
私には、そうは思えません。
わかる経験が足りなかっただけで、それが手に入ったとき、自分から進む方向を決めていきました。
あの子に必要だったのは、文章題が解けるようになることではありませんでした。計算がひととおりできること。結果として必要だったのは、それだけでした。
必要な知識の量も、学び方も、本当に一人ひとり違います。
お子さんが机に向かわないとき、そこにあるのは「嫌い」という気持ちだけではないかもしれません。
その子に何が起きているのかを見極めること。そこが、教育の出発点だと思っています。
最後に
夏休みは、学校の進度が止まる時期です。戻ってやり直すには、実はいちばん適した時間でもあります。
とはいえ、どこまで戻ればいいのかを見極めるのは簡単ではありません。本人に聞いても「全部わからない」としか返ってこないことが、ほとんどです。
そのために【中学数学・夏期講習】診断つき計算立て直し4回というコースをご用意しています。まず診断でどこから崩れているのかを確かめ、必要な地点まで戻って計算を立て直す講座です。中1から中3まで、学年は問いません。
正直なところ、4回で足りるかどうかは、どこまで戻る必要があるかによります。戻る範囲が広ければ、回数を足したほうがよい場合もあります。そこは診断のあとで、率直にお伝えします。
学年相当の内容に追いつくことを、最初の目標には置きません。あの子がそうだったように、まず「これはできる」と言える場所を一つ作ること。始まりはそこからだと思っています。
どこから相談していいかわからない、という場合は、体験授業でも構いません。お子さんの今の状態を、一緒に確認しましょう。