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中学受験で『減らす』判断をした話

2026/6/12

座席と耳栓

個別指導塾で、2年半ほど担当していた男の子がいました。

授業前、その子はまず座席を確認していました。席は決まっているのですが、その日の状態が気に入らないと、少し時間をかけてから座ります。

私には何が違うのかわかりませんでしたが、本人には何らかの基準があったのだと思います。今振り返ると、周囲にはわかりにくい感覚的な基準があったのかもしれません。

授業中は耳栓をしていることもありました。入塾した当初からで、本人も耳栓があると落ち着いて勉強できると感じていたようでした。忘れた日は「あ、忘れちゃった」と少し残念がっていて、それほど本人にとってなじみのあるものになっていました。

そうした様子を見ながら授業を続けていると、この子は勉強そのものだけでなく、周囲の音や物の状態など、いろいろな情報を受け取りながら机に向かっているのだろうと感じるようになりました。

応用問題で「止まる」子

その子は計算がまったくできないわけではありませんでした。処理速度も悪くなく、学校のカラーテストもよくできていたようです。保護者の方も、「この子はもっとできるはず」と感じていらしたように見えました。

ただ、中学受験の応用問題になると様子が変わります。条件が増え、途中で覚えておくことが増え、問題文と式と図を行き来しながら考えなければならなくなると、急に止まってしまうことがありました。

私はだんだん、「これは理解力がないというより、頭の中で抱えておかなければならない情報量が、多すぎるのではないか」と感じるようになりました。

応用問題で力が出ないのは、理解力の問題ではなく、志望校のレベルが情報処理の負荷と合っていないのではないか。そう考えて、まず志望校を見直すことを提案しました。

4科目の重さ

志望校を変えた後も、しばらくは4科目で学習を続けていました。当初から4科目受験を目指していましたし、中学受験ではそれが一般的な選択でもあります。保護者の方も「このまま続ければ大丈夫」と感じていらしたようで、科目を減らすことはまだ視野に入っていませんでした。

けれど、算数、国語、理科、社会の宿題や暗記、テスト、模試が重なっていく中で、本人は一生懸命やっているのに、どこかで頭がいっぱいになっているように見える場面が増えていきました。

あるとき、授業中にひどく眠そうにしていたので、何時に寝たのか聞いてみました。かなり遅い時間でした。何をしていたのか聞くと、宿題をやっていたと言います。ただよくよく聞くと、取り組み始める前にゲームやYouTubeを見ていて、気づけば深夜になっていたようでした。

サボっていたわけではありません。宿題はちゃんとやっていました。ただ、頭がいっぱいになった反動で、まず逃げ場が必要だったのだと思います。真面目な子だからこそ、最後は「やらなくちゃ」と宿題に向かう。でもその分、睡眠が削られていく。そういう悪循環が起きていました。

考えてみれば、これは大人でも同じかもしれません。やらなければならないことが山積みになったとき、つい別のことに手が伸びてしまう。子どもだから意志が弱いのではなく、誰でも限界を超えると逃げ場を探すものです。

この悪循環を見ていて、科目数そのものが本人の処理能力を超えてしまっているのではないかと感じるようになりました。頑張れないのではなく、抱えられる量を超えている。そう確信したことが、科目数を見直す判断につながっていきました。

「減らす」判断

改めて合格者平均点を確認すると、4科目でも2科目でも、算数と国語の合格者平均点はほとんど変わりませんでした。過去問を見ても難易度には差がありません。

それなら、理科社会まで抱えて消耗するより、算数と国語に集中した方がいい。保護者の方とも相談しながら、受験科目を2科目に絞ることを提案しました。

「減らす」という判断は、保護者の方にとっても簡単ではないことがあります。頭ではわかっていても、「もう少し頑張れば」という気持ちはなかなか手放しにくいものです。それでも受け入れていただき、算数と国語に集中する方針に切り替えました。

後退ではなく、探し直すこと

偏差値だけを見れば、志望校を下げたことになります。科目数も減らしたので、一見すると後退のように見える判断だったかもしれません。

でも私の中では、諦めたという感覚ではありませんでした。この子が力を発揮できる場所と条件を探し直した、という感覚に近かったです。

受験では、点数が足りないと「もっとやらせる」「科目を増やして補う」という発想になりがちです。算数と国語が苦しいなら、理科や社会で点を取ろうと考えるのも自然です。

ただ、その子の場合は、科目を増やすことでむしろ全体が回らなくなっているように見えました。これ以上抱えさせたら、本人の力が出る前にフリーズしてしまう。そう感じました。

結果として、その子は無事に合格することができました。

足し算より引き算

もちろん、科目を減らせばうまくいくという話ではありません。志望校を変えれば安心という話でもありません。

ただ、その子の場合は、足すよりも減らすことが必要でした。

私はこの子から、「頑張れない子」ではなく、「抱えられる量に限界がある子」がいることを改めて学びました。

学習支援では、つい足し算を考えます。もっと問題を解く。もっと覚える。もっと宿題を出す。もっと頑張る。

でも、ときには引き算の方が、その子の力を引き出すことがあります。宿題を減らす。科目を減らす。目標を見直す。それは必ずしも後退ではありません。その子が前に進むための戦略になることがあります。

もしお子さんが一生懸命なのに空回りしているように見えたら、足すより減らすことを、まず考えてみてください。

今でも私は、生徒を見ながら考えます。この子に必要なのは、本当に「足すこと」なのか。それとも、「減らすこと」なのか。その見極めを、これからも大事にしていきたいと思っています。

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