カエルも気づけば熱湯の中。難問も気づけば解けている、そんな学習の話
こんにちは、細々と経営に携わりながら、オンラインで個別指導をしているヒロユキです。
さて、突然ですが「茹でガエル理論」という話をご存知でしょうか。カエルをいきなり熱湯に入れると驚いて飛び出すけれど、水から少しずつ温度を上げていくと、変化に気づかずに茹で上がってしまう、という、少々物騒なたとえ話です。科学的な真偽はさておき、この話、実は学習においても示唆に富んでいると僕は考えています。
「難しい問題になると、途端に手が止まってしまうんです」 「応用問題になると、何から手をつけていいか分からなくて…」
長年、大手の中学受験塾で最上位クラスを担当していた経験も含め、多くの生徒さんと接する中で、こうした悩みをよく耳にします。特に真面目な生徒さんほど、難しい問題の前で思考が停止してしまうことがあるようです。まるで、急に熱湯に入れられたカエルのように。
なぜ、そうなってしまうのでしょうか。いくつか理由は考えられますが、一つは「難しい」という認識が、心理的な壁を作ってしまうことです。「これは難問だぞ」と意識した瞬間に、脳が防御反応を起こし、普段通りの思考ができなくなる。あるいは、「間違えたくない」「完璧に解かなければ」というプレッシャーが、自由な発想を妨げてしまうのかもしれません。人間というのは、案外デリケートにできているものです。
そこで、「茹でガエル理論」の出番です。つまり、「難しい」と意識させないうちに、少しずつ問題のレベル(水温)を上げていくのです。
例えば、算数の文章題で考えてみましょう。基本的な問題を解き、解説を読んで「なるほど、こうやって解くのか」と理解できたとします。ここでいきなり最難関レベルの問題に挑戦するのではなく、まずはその基本問題の数字が少し変わったもの、条件が一つだけ加わったもの、といった「ほんの少しだけ」難しい問題に手を出してみる。
「あれ、さっきと同じように考えれば解けるぞ」 「この部分だけ、少し工夫すればいいんだな」
そうやって、小さな成功体験を積み重ねていく。気づかないうちに、じわじわと負荷を上げていくのです。料理の手順を一つずつ覚えていくように、あるいはスポーツで基本的な動きを反復練習するように。基礎が固まれば、少し複雑な手順や応用的な動きにも、自然と対応できるようになります。
大手塾の最上位クラスに在籍していた生徒たちも、決して最初から難問ばかりを解いていたわけではありません。むしろ、彼ら彼女らは基礎的な問題の解法パターンや、なぜそうなるのかという原理原則を、驚くほど深く、そして正確に理解していました。その土台があるからこそ、未知の問題に対しても、持っている知識や考え方を組み合わせて、粘り強くアプローチできたのです。
「でも、そんな都合よく、少しずつ難しくなっている問題なんてあるの?」と思われるかもしれません。確かに、市販の問題集がいきなり難しくなったりもします。
そこは、指導者の腕の見せ所でもありますし、ご家庭で取り組む場合は、問題集の選び方や使い方に少し工夫が必要です。例えば、解説が非常に丁寧な問題集を選び、まずは解けなくても解説を読んで「理解する」ことを目標にする。そして、「理解できた」問題を、何も見ずに自力で再現できるようにする。それができたら、類題を探して解いてみる。あるいは、一つの問題の中でも、設問(1)は解けるけど(2)は難しい、という場合、まずは(1)を確実に解けるようにし、(2)の解説を読んでみる。完全に理解できなくても、「ここまでは分かった」という部分を見つけるだけでも進歩です。
大切なのは、「難しい」という壁を意識する前に、気づいたらその壁を乗り越えていた、という状態を作り出すことです。そのためには、焦らず、一歩一歩進むこと。そして、「できた」という感覚を大切にすることです。
もちろん、たまには自分の限界に挑戦するような、難しい問題に真正面からぶつかってみる経験も必要でしょう。しかし、日常の学習においては、この「気づかぬうちにレベルアップ」戦略は非常に有効だと、僕は長年の経験から感じています。
気づけば、以前は手も足も出なかった問題が解けるようになっている。それは、学習における大きな喜びの一つです。まるで、ぬるま湯に浸かっていたはずが、いつの間にか気持ちの良い露天風呂に入っていた、というような(カエルには申し訳ないですが)。
皆さんも、日々の学習で「難しい」と感じる壁にぶつかったら、この「茹でガエル理論」を少し思い出してみてください。いきなり熱湯に飛び込むのではなく、心地よい温度から、少しずつ慣らしていく。そんなアプローチが、突破口になるかもしれません。
…もっとも、カエルと違って人間には知性がありますから、茹で上がる前に「おや、少し熱くなってきたかな?」と気づくことも大切ですけどね。学習においても、時々立ち止まって、自分が今どのくらいの「水温」にいるのか、客観的に確認してみるのも良いかもしれません。
それでは、また。