分厚いテキストと「完璧な雪だるま」の幻想。 ― 中学受験・冬期講習の算数を『仕分け』する技術 ―
こんにちは。神奈川で塾の運営やオンラインでの個別指導をしている、ヒロユキです。
そろそろ冬期講習のテキストが配られる頃でしょうか。ご家庭によっては、その分厚さに圧倒されているかもしれません。僕が以前、大手の中学受験塾で教えていた頃も、特に真面目な生徒や保護者の方ほど、「これを全部、完璧に終わらせなければ」と、一種の強迫観念にも似た空気をまとっているのをよく見かけました。
しかし、冷静に考えてみると、それは少し奇妙な目標設定かもしれません。
冬期講習の算数と「完璧な雪だるま」の幻想。
なぜ、冬期講習で多くの生徒が疲弊し、結果として「やった感」だけが残ってしまうのか。それは、多くの場合、「テキストを終わらせること」が目的化してしまうからです。
分厚いテキストというのは、いわば「完璧な雪だるま」を作るための、ありとあらゆる雪を集めてきたようなものです。全部の単元が網羅されています。しかし、手当たり次第に雪をかき集めて固めても、それはただの「大きな雪玉」にしかなりません。中身はスカスカで、少し気温が上がれば(つまり、入試本番というプレッシャーがかかれば)、あっという間に溶けてしまう。
僕たち受験生が冬期講習で作るべきは、完璧で大きな雪だるまではなく、春になっても溶けない、カチカチに固まった「氷の核」、すなわち「確実に解ける原理原則」のはずです。
算数で『やるべきこと』の仕分け術
では、具体的にどうすれば良いか。答えはシンプルで、「仕分け」をすることです。算数の成績は、「自力で解ける問題」の数で決まります。冬期講習は、その数を増やすための期間です。
講習のテキストでも、受けたテストでも構いません。すべての問題を、以下の4つに分類してみてください。
◎(完全にできる): 見た瞬間に解法が浮かび、ミスなく正解できる問題。
○(やや不安): 解法はわかるが、途中で少し迷う、あるいは計算ミスをしがちな問題。
△(要復習): 解説を読めば「なるほど」と理解はできる。しかし、自力では解けない問題。
×(難問・捨て問): 解説を読んでも、何を言っているのか理解が追いつかない問題。
さて、冬期講習という限られた時間で、最も優先して取り組むべきはどれでしょう。
言うまでもなく、「△」ですね。
『実行可能』にするための、具体的なプロセス
多くの生徒が陥るワナは、不安だからという理由で「◎」や「○」の問題を何度も解き直してしまうことです。もちろん、計算練習や解法の確認として「○」を「◎」にする作業は無駄ではありません。しかし、それは優先順位の第一位ではない。
最も効率的なのは、「△」の問題を「◎」に変える作業に、学習時間の大半を投下することです。
ステップ1:授業と仕分け まず、講習の授業を受けます。その日のうちに、扱った問題を先ほどの基準(◎○△×)で仕分けします。これは、生徒自身がやるのが理想です。自分で「わかる」「わからない」を判断するプロセスが重要だからです。
ステップ2:「△」の分析と解き直し 仕分けした「△」の問題を、解説を読みながら「なぜ、その解法に至るのか」という原理原則(プロセス)を理解します。答えを覚えるのではありません。 なぜ、この図を描くのか。 なぜ、この式を立てるのか。 その「なぜ」を、自分の言葉で説明できるようにします。
ステップ3:再現 理解できたら、何も見ずに、もう一度自力で解いてみます。ここで「◎」になれば、その問題はクリアです。もし、まだ「△」のままなら、もう一度ステップ2に戻ります。
ちなみに、「×」の問題は、どうするか。 これは「戦略的撤退」も視野に入れます。最上位クラスの生徒でない限り、あるいは志望校の傾向と大きく異なる場合、そこに時間をかけるのは合理的ではありません。機械の修理に例えるなら、修理不可能な部品に固執するより、修理可能な他の部品を完璧に直す方が、機械全体の性能(=合格可能性)は上がるわけです。
完璧主義の落とし穴
冬期講習は、網羅的な総復習ができる貴重な機会です。しかし、それは「すべてを完璧にやる」という意味ではありません。自分の「穴(=△の問題)」を特定し、そこをピンポイントで埋めていく作業です。
完璧な雪だるまは、結局溶けてしまいます。 不格好でも、小さくても、「△」を「◎」に変えて作った「氷の核」こそが、入試本番であなたを助ける得点源になります。
そういえば、僕も昔、英語の単語帳を毎年「今年こそ完璧に」と意気込み、結局、最初の「a」で始まる単語だけが妙に詳しくなって終わる、ということを繰り返していました。人間の集中力や記憶力なんて、案外そんなものですよ。
全部やろうとせず、やるべきことを見極める。それが、この冬を乗り切る最も合理的な戦略だと、僕は思います。