「英語ができる」だけでは解像度が粗すぎる。帰国生入試、3つの『土俵』の話
モニター越しに世界中の生徒さんとお話ししていると、時折、不思議な感覚に陥ることがあります。 画面の向こうは昼下がりだったり、深夜だったり。背景に広がる文化も様々です。 しかし、帰国生入試を控えたご家庭が抱える悩みには、ある種の共通した「霧」のようなものがかかっているように見受けられます。
「うちは英語圏に5年いたので、英語には自信があります。どこの学校が良いでしょうか?」
この質問は、料理人に「うちは腹が減っています。何を食べれば良いですか?」と聞くのに少し似ています。 お腹が空いているのは事実でしょうが、求めているのがフランス料理のフルコースなのか、手早く済ませる立ち食い蕎麦なのかによって、提案すべき店は全く異なります。
帰国生入試も同じです。「帰国枠」という一つの大きな箱があるわけではありません。そこには、全くルールの異なる複数の「土俵」が存在しています。 今日は、その土俵を大きく3つのパターンに分類し、淡々と整理してみたいと思います。
1. 「欧米型アカデミック」の土俵
(代表例:広尾学園、渋谷教育学園幕張・渋谷、洗足学園など)
まず一つ目は、英語の試験が極めて高度、かつ欧米の現地校的な思考を求められる土俵です。 ここでの「英語ができる」は、「日常会話が流暢である」こととは全く別の能力を指します。
このタイプの学校が出題するのは、英検1級やTOEFLのようなアカデミックな語彙力、そして何より、長文を読んで論理的に意見を構築する「エッセイライティング」の力です。
ここでは、物語の感想を述べるような情緒的な文章はあまり好まれません。 「Aという事象に対して、私はBと考える。理由はCとDであり、Eという反論も想定されるが、やはりBである」 ……といった、冷徹なまでのロジックの構築が求められます。
僕がかつて指導した生徒さんで、現地校での友人は多いけれど、読書や硬い議論を避けてきたタイプの子がいました。彼はこのタイプの入試で非常に苦労しました。 逆に、多少発音に訛りがあっても、論理的思考力が高い子は、トレーニング次第でここで高いスコアを出します。 求められているのは「語学力」というよりは、「英語というツールを使った思考力」なのです。
2. 「和洋折衷・基礎学力」の土俵
(代表例:慶應SFC、早稲田系属校、一部の伝統進学校など)
二つ目は、英語力だけでなく、国語や算数の基礎学力も同時に(あるいは選択で)求められる土俵です。
この土俵を用意している学校側のメッセージは明確です。 「海外経験は尊重するけれど、入学後は日本のカリキュラムについてきてもらいますよ」 ということです。
ここでは、英語がどれだけネイティブ並みであっても、算数の計算処理や、日本語の論説文を読み解く力が欠けていれば合格は覚束りません。 「英語は得意だが、算数は日本の小学校レベルで止まっている」というケースは、帰国生において非常によく見られるパターンです。
僕の授業でも、このタイプを志望する生徒さんには、英語の指導はそこそこに、算数の「特殊算」や「図形」の原理原則を、ホワイトボードを使って淡々と解説する時間が長くなります。 英語という武器一本で戦うのではなく、複数の武器をバランスよくメンテナンスしておく必要があるのです。
3. 「ポテンシャル・適性重視」の土俵
(代表例:公立中高一貫の帰国枠、一部のキリスト教系伝統校など)
三つ目は、筆記試験の難易度そのものは標準的ですが、面接や作文を通じて「海外で何を感じ、どう成長したか」という人間性やポテンシャルを深く見ようとする土俵です。
ここは一見、対策がしやすそうに見えます。しかし、実は最も「誤魔化しがきかない」とも言えます。 用意してきた美辞麗句を並べても、熟練の面接官には見透かされます。
「異文化の中で何に苦労し、どう乗り越えたか」 「日本と現地の違いを、自分なりの視点でどう捉えているか」
こういった問いに対し、自分の言葉で、自分の体験として語れるかどうかが鍵になります。 これは一朝一夕の塾の授業で身につくものではありません。日々の生活の中で、どれだけ周囲を観察し、思考を巡らせてきたかが問われるのです。
「合格」ではなく「マッチング」と捉える
これら3つの土俵は、それぞれ全く異なる競技です。 ボクシングの選手が、相撲の土俵に上がっても勝てないように、お子様の特性と学校の出題傾向(=学校が求めている生徒像)がズレていては、どれだけ努力しても成果は出にくいものです。
大手塾のクラス分けや偏差値だけに囚われると、この視点が抜け落ちがちです。 大切なのは、お子様の持っている「英語力」や「学力」の質が、どの土俵に適しているのかを冷静に分析することです。
「とりあえず有名な学校だから」という理由で、適性の合わない土俵に上がり、自信を喪失してしまう生徒さんを見るのは、講師としてあまり気分の良いものではありません。 逆に、適切な土俵を選び、正しい手順で準備をすれば、帰国生特有の爆発的な成長力を発揮することができます。
最後に
僕が住んでいる岐阜からは、海は見えませんが、オンラインを通じて世界中の「海を渡った子供たち」と繋がることができます。 彼らの経験はそれぞれユニークで、一つとして同じものはありません。
もし、今お手元に志望校の過去問があるなら、一度じっくりと眺めてみてください。 そこには、「私たちはこういう思考をする子に来てほしい」という、学校からのラブレター(あるいは挑戦状)が書かれています。
そのメッセージを読み解き、適切な戦略を立てること。 それが、合格への最初にして最大のプロセスです。
機材トラブルで画面がフリーズしない限り、僕はいつでもその「作戦会議」にお付き合いしますよ。
【ヒロユキからのご提案】 もしよろしければ、お子様が現在検討されている志望校の過去問(特に英語のエッセイや国語の文章題)を一度拝見させていただけませんか? 「どのタイプの思考力を求めている学校か」を分析し、現在のお子様の力とのギャップを埋めるための、具体的な学習プロセスをご提案いたします。