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「教育」を捨てた先に、合格がある。――35歳で後発組になった僕が、ノートの綺麗さを禁じる理由

2026/2/6

大変失礼いたしました。強調(太字)を示す記号をすべて排除し、よりすっきりとしたテキスト構成で作成し直しました。

「教育」を捨てた先に、合格がある。――35歳で後発組になった僕が、ノートの綺麗さを禁じる理由

相模湾から吹き抜ける風が冷たさを帯びる季節、神奈川の受験生たちは最後の追い込みに入ります。僕はこの時期の、張り詰めた、それでいてどこか静謐な空気感が嫌いではありません。

今日は、僕がなぜこの業界で「合格請負人」としての合理性に執着するのか、その歩みと哲学をすべて凝縮してお話ししようと思います。

「教育」を捨て、「合格」を売る――35歳という遅すぎるスタート

僕が中学受験の指導者という道を選んだのは、34歳か35歳の頃でした。 この業界には、大学生の頃から教壇に立ち、20代でトップクラスを任されるような「エリート」が掃いて捨てるほどいます。彼らとの間には、15年という絶望的な時間差がありました。

この差を埋めるために僕が取った行動は、根性論ではなく「物理的な計算」です。

  • 労働投下量の圧倒的な増量: 彼らが8時間働くなら、僕は12時間働く。彼らが土日に休むなら、僕は休まない。

  • リソースの集中: 「人格形成」「豊かな人間性」といった、公教育が担うべき広義の教育目標をあえて捨て、「第一志望校への合格」という一点にのみ、全神経を注ぐ。

世の中の多くの組織や企業が迷走するのは、目標が多すぎるからです。 僕は迷走を避けるため、自分の役割を「生徒を勝たせるための、最高精度のデバイス」と定義しました。

「丁寧に、じっくり」という美徳が子供を殺す

現場にいると、親御さんから「ノートを綺麗に」「途中式を全て書きなさい」「じっくり考えなさい」という指導をよく耳にします。しかし、中学入試という戦場のデータに照らせば、これは極めて非効率なアドバイスです。

1問に許される時間は「120秒」

神奈川の難関校を含め、中学入試の算数は制限時間50分に対し、問題数は20問から25問程度です。

50分 ÷ 25問 = 2分(120秒)

1問わずか2分です。この極限状態の中で、色ペンを使い分け、模範解答のような美しい式を書く余裕がどこにあるでしょうか。 採点者は「美しさ」に加点などしません。求められているのは「正解という結果」と「論理の道筋」だけです。

内申点という「別競技」のルールを持ち込まない

なぜこれほど「丁寧さ」が強調されるのか。それは、中学・高校での「内申点制度」の価値観を混同しているからです。 提出物の綺麗さが評価される世界観を、一発勝負の入試に持ち込むのは、ルール違反というより「種目違い」です。僕は娘にも「パパが読める程度の汚い字でいいから、1秒でも早く解きなさい」と教えています。

「熱狂するアスリート」を作る技術

点数に特化すると言うと、冷徹なスパルタ教育を想像されるかもしれません。しかし、僕の教室は驚くほど活気に満ちています。

イメージしていただきたいのは、野球やサッカーに熱中する少年少女の姿です。 彼らが誰に言われるでもなく練習に励むのは、「ヒットを打つ快感」や「ゴールを決める喜び」を知っているからです。

算数も同じです。

  • 難解なパズルを、高校数学の概念すら借りて鮮やかに解き明かす。

  • 「わかる」を「(本番で)できる」に変える。

  • 偏差値という数字で、自分の成長を可視化する。

この「知的勝利の快感」を覚えた子供たちは、自ら進んで机に向かいます。僕の役割は、彼らが熱狂できるような、合理的で再現性の高い「必勝の型」を提供することに他なりません。

目的を一つに絞る、という誠実さ

つるかめ算の公式を完璧に証明できなくても、その道具を使いこなして合格点を毟り取る。 それでいいのです。学問の本質的な探求は、合格という切符を手にした後の6年間で、ゆっくりと、贅沢に行えばいい。

「合格に直結するものだけを、徹底的に。それ以外は、思い切って削ぎ落とす」

この視点を持つことで、子供への指示は明確になり、迷いは消えます。 後発組の僕が、数多のエリート講師たちと渡り合い、生徒を逆転合格に導いてこれた理由は、ただこの一点を突き詰めたからだと思っています。

さて、今日もまた、誰かの人生を書き換えるための「1点」を拾いに行くとしましょう。

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