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解答解説が読めなかった講師が、算数専門になるまで

2026/6/9

中学受験の算数講師を名乗っている僕が、最初に算数の問題を見たとき、解答解説をまったく理解できなかった。

これは比喩ではない。文字通り、「何が書いてあるか分からない」という状態だった。

「なぜここで3/4をかけるのか」 「なぜここで一度足して、それから引くのか」 「この補助線は、どこから来たのか」

解説を読めば読むほど、疑問が積み上がった。当時の僕には、その解説を読み解く前提知識そのものが欠けていた。正直に言えば、担当していた生徒の方が問題を解けていた。講師として、これ以上の屈辱はない。

そこから始まった、僕の中学受験

もともと僕は国際関係学の大学院を出て、35歳で教育業界に転身した。算数の専門家として育ってきたわけではない。前職の会社で「算数の指導をやってほしい」と言われたとき、内心では相当な無理を感じていた。しかし引き受けた以上、なんとかするしかない。

最初にぶつかったのが、「方程式を使えない」という制約だった。

中学・高校で習う方程式は、多くの問題をスマートに解く。しかし小学生には、それを教えることができない。方程式という道具を持てない状態で、複雑な算数の問題を解かなければならない。僕自身が方程式なしで算数を解く訓練を受けてきていないのに、方程式なしで教えなければならない。二重の壁だった。

そこで、尊敬できる先生の解答解説を見せてもらう機会があった。

「見える解説」との出会い

その解説は、他の市販教材や塾の解説とまったく違った。

文章がほとんどなかった。代わりに、表と図と記号が並んでいた。そして、その表をぱっと見ると、解法の流れが見えてくる。数字を順番に当てはめていくと、自然に答えが出てくる。

速さの問題を例にとろう。

通常の解説では、「距離÷時間=速さ」という公式の理解から入る。1分あたり何km進むか、という概念的な理解を先に求める。これは算数が得意な子には機能する。「速さとは単位時間あたりの移動距離である」という定義を受け入れ、そこから演繹的に解いていける。

しかし算数が苦手な子には、この入り方が機能しない。

概念を先に入れようとしても、実感がない。実感のないまま公式を覚えても、どこで使えばいいか分からない。問題のパターンが少し変わるだけで対応できなくなる。

その先生の解説は逆だった。まず「表に数字を入れる」という作業から入る。速さの概念を「理解」する前に、「操作」させる。表のどこに何を入れるかというルールだけ覚えれば、答えが出てくる。そうやって何問も解いていくうちに、体が「速さ」というものを感覚として掴んでいく。

概念の理解が先ではなく、体感が先。理解はその後についてくる。

パズル式解法の正体

ある保護者が、僕の授業を見てこう言った。

「パズルのピースを当てはめていると、自然と答えが出てくる感じですね」

言い得て妙だと思った。僕が目指しているのは、まさにそれだ。

解法を「理解してから解く」のではなく、「手順に従って操作していると、答えが出てしまう」という状態を先に作る。そのプロセスの中で、理解は後からついてくる。

これを意図的に設計することが、僕の指導の核心になっている。

具体的には、三つの原則がある。

視覚化の徹底 数式や文章で考えさせる前に、図と表に落とし込む。特に表は強力で、「何が分かっていて、何が分かっていないか」を視覚的に整理できる。割合の問題なら比の表、速さの問題なら距離・速さ・時間の三段表。書き方のフォーマットを先に体に入れる。

数字の「当てはめ」から始める 「なぜこうなるか」よりも「何をどこに入れるか」を先に教える。理由を説明するのは、操作が定着してからでいい。逆に操作が定着していない段階で理由を説明しても、どちらも中途半端になる。

ゴールから逆算する この問題で最終的に求めるものは何か。それを求めるためには、何が分かればいいか。表のどのマスを埋めればいいか。この逆算の思考を、問題を見た瞬間に発動できるようにする。

偏差値65までと、その先で指導法は変わる

ただし、このアプローチがすべての層に有効なわけではない。

偏差値60〜65あたりまでは、このパズル式のアプローチが機能する。図と表で操作し、体感を積み上げていく。そして気づいたら、速さや割合の本質的な理解も身についている。不思議なことに、操作を繰り返した後で概念を改めて説明すると、すんなり入ってくる。体感が概念の受け皿になるからだと思う。

しかし偏差値65を超えてくると、この手法だけでは限界がある。

以前いた会社の社長は、開成の対策授業に何も持たずに入っていた。教科書もプリントも持たない。黒板に問題を書いて、それを解きながら教える。その先生に聞いたことがある。「なぜ答えまで教えてしまうのではなく、ヒントで止めるのか」と。

答えはシンプルだった。「教えすぎると、その子の頭の完成を邪魔するから」と。

偏差値が高い子は、良問に自力でぶつかることで伸びる。解法を丁寧に教え込むことが、むしろその子の思考回路を壊す。僕にはできない指導法だと思った。しかし同時に、自分がやるべきことも明確になった。

僕がやるべきは、パズルの解き方を知らない子に、パズルの操作方法を教えること。そして操作が定着した後に、そのパズルが何を意味するかを理解させること。偏差値60を超えてから先は、別のアプローチが必要になる。それは分かった上で、僕は偏差値60までの道を極める選択をした。

最後に正直なことを言う

僕が算数の指導法を確立できたのは、最初に算数が分からなかったからだと思っている。

もし最初から解けていたら、「なぜ分からないのか」が分からないまま教えていたはずだ。解けない子の頭の中を想像できないまま、「こんな簡単なことがなぜ分からないのか」という無自覚な傲慢さを持ったまま教えていたかもしれない。

分からなかったから、分からない子の感覚が分かる。

解説が読めなかったから、解説なしで体感できる手順を作ることにこだわった。

これが、僕の算数指導の出発点だ。

「パズルのようなやり方で、ピースを当てはめると答えが出る」という指導に興味があれば、一度話を聞きに来てほしい。個別に戦略を組みたい方は、マナリンクの僕のプロフィールページから問い合わせてほしい。

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