中学受験で宿題をやらない子の「一応やった」の正体
中学受験で宿題をやらない子は、宿題をやっていないとは言いません。「一応やった」と言います。この一語が出た時点で、その日の学習はほぼ成立していないと考えて、まず間違いありません。
僕は毎週、いろんな家庭の子と画面越しに向き合っています。そこで何百回と聞いてきた言葉が、これです。一応。とりあえず。だいたい。この三語は、子どもが自分の作業を正当化するときの、ほぼ唯一の語彙です。
そして厄介なことに、彼らは嘘をついていません。手は動かしたんです。
「一応」は量の報告ではなく、質の免罪符
先日の授業でのことです。ある生徒が、僕が図の書き方について結構重要な話をしている最中に、こう言いました。
「とりあえず、50かける80で」
僕はそこで止めました。いま、そこを「とりあえず」って言っちゃったらまずいでしょう、と。
彼は聞いていなかったわけではありません。音としては届いていた。ただ、自分の作業を先に進めたくて、僕の話を保留にしたんです。この保留が、「とりあえず」の正体です。
別の生徒は、僕が問題を出した直後にこう言いました。
「一番、一応できてるんだけど」
一応できている、とは何でしょうか。できているか、できていないか、算数にその中間はありません。答えは合っているか、合っていないかのどちらかです。にもかかわらず「一応」がつく。これは、自分でも合っている自信がないという告白です。そして案の定、二番以降で崩れました。
中学受験で宿題をやらない子は、白紙で出してくるわけではないんです。むしろ埋まっています。埋まっているのに、中身がない。だから親も塾も見逃す。ここが恐ろしいところです。
中学受験の宿題をやらない子が、いちばん巧妙に隠すもの
では、彼らは何を省略しているのか。
答えを出す作業は、やります。そこは省略しません。なぜなら、そこを飛ばすと、やっていないことがバレるからです。
省略するのは、こちらです。
丸つけ
直し
なぜ間違えたのかの確認
途中式を残すこと
出した答えを書き留めること
つまり、成果物として残らない部分だけを、正確に省いています。子どもは怠惰ですが、無能ではありません。何を省けばバレないかを、極めて合理的に見抜いている。この判断力を勉強に向けてくれれば、と毎回思います。
実際にあった話を書きます。
規則性の授業で、生徒に「四十番目の数」を計算させました。少しあとに、その数を使う設問が出てきた。僕が聞きました。四十番目の数、いくつだったっけ。
彼は答えられませんでした。自分で出した数字なのに、どこにも書いていなかったからです。僕は言いました。それは僕の問題じゃないよね、と。
計算はした。答えも出した。でも残していないから、五分後の自分が使えない。これが「一応やった」の中身です。
「途中で終わっちゃった」という、もう一つの敗北宣言
もう一つ、よく聞くバリエーションがあります。
ある生徒が、算数の点数が思うように伸びなかった時期について、自分でこう振り返りました。
「その頃はまだ、本気でこの教材に取り組んでなかったから、途中で終わっちゃった」
見事な言い回しです。途中で終わった、ではありません。途中で終わっちゃった。自分が終わらせたのではなく、勝手に終わってしまったかのような受動態になっている。
教材は勝手に終わりません。人間が閉じるんです。
ちなみにこの子は、その後、覚醒しました。同じ教材を、今度は最後までやった。すると、組分けテストで平均点を超え、クラスが一気に複数上がりました。本人が言うには、他の教材にも手を出していた頃が一番だめだったそうです。
材料が足りなかったのではありません。一つを終わらせていなかっただけです。
「一応やった」を、三秒で判定する方法
家庭でできる判定方法を書きます。難しいことは何もしません。
宿題を見せてもらったら、内容は読まないでください。読むと、たいてい怒りたくなります。怒ると、次から見せてくれなくなります。
見るのは、これだけです。
赤ペンが入っているか
間違えた問題の下に、直しの式があるか
途中式が残っているか、答えだけが並んでいるか
白紙の設問があるか
赤が一つもない答案は、丸つけをしていないか、全問正解のどちらかです。全問正解の宿題を出す塾は、たぶんこの国にありません。つまり、やっていません。
答えだけが並んでいる答案も同じです。暗算で当てにいった証拠です。当たったものだけが残り、外したものは消しゴムで消えている。だから、その子のノートには、失敗の履歴が一行も残らない。失敗が残らなければ、直せません。直せなければ、来週も同じところで落とします。
三秒で終わります。内容には一切触れない。この三秒を毎日やるかどうかで、半年後が変わります。
「一応」と言わせないための、たった一つの質問
もう一段だけ、踏み込む方法があります。
「一応やった」と言われたら、こう返してください。
「じゃあ、どれが間違えた?」
正しく宿題をやった子は、即答します。三番と七番、と。なぜなら、直しをしたからです。直した問題は、記憶に残ります。
一応やった子は、答えられません。「うーん、覚えてない」「たぶん全部合ってた」。ここで確定します。
この質問の残酷なところは、追及していないことです。やったのか、と問い詰めているわけではない。ただ、事実を聞いているだけ。だから子どもは逃げ場がありません。逃げ場がないから、次の週から丸つけをするようになります。
僕が生徒に対して使っているのは、ほぼこれ一本です。責めない。ただ、成立していないことを、本人に発見させる。
明日、親がすべき非情な決断
宿題の量を減らしてください。
意外に思われるかもしれません。でも、「一応やった」が口癖になっている子は、量が多すぎて質を捨てているケースが圧倒的に多い。全部に手をつけて、全部が中途半端になり、全部が身につかない。時間だけが溶けて、点数が動かない。それを毎週続けて、親子で疲弊していく。実に良質な養分です。
だから、半分にする。その代わり、残した半分は、丸つけと直しまで完了して初めて「やった」とする。この定義を、家庭で明文化してください。
塾に怒られませんか、と聞かれます。怒られるかもしれません。でも、全部を一応やって偏差値が動かない状態を一年続けるのと、半分を完全にやって動かす方と、どちらがお子さんのためになるでしょうか。
これは戦略の話であって、真面目さの話ではありません。全部に手をつけたがるのは、たいてい不安からです。不安は、成績を上げてくれません。
僕は昔、勉強ができない子どもでした。だから断言しますが、あの頃の僕に足りなかったのは根性ではありません。「やった」の定義でした。答えを埋めれば終わりだと思っていた。誰も、そうじゃないと教えてくれなかった。それだけの話です。
なお、直しが機能していない、ノートが読み返せる状態にない、という段階なら、それは宿題以前に記録の問題です。そちらは「中学受験のノートの取り方」というテーマで別に書いていますので、あわせてどうぞ。
お子さんの宿題を実際に見ながら、何を残して何を捨てるかを一緒に決めたい方は、こちらから僕に相談できます。
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