「知らない世界」☆ギンバトはどこかにいる

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2022/9/5

手品で使われる白いハトがいる。突然、現れて観客を驚かす。だが、実際にはどこかに潜んでいた、というよりも隠してあった訳である。あのハトはギンバトといって、公園等によくいて、頼みもしないのに近寄ってくる類のものとは別の種類である。世間には、知っている人は知っているけれども、知らない人は全然「知らない世界」があるもので、あのギンバトも手品用として販売されている。とても従順な性格で、飼いやすらしい。そもそも、鳥類というのは暗くなると視力が落ちる。夕刻、夜の帳が下りる前に鳥たちが大慌てで巣に帰っていくのをイメ-ジするとよく分かる。暗がりは苦手なのだ。だから、手品のハトもマジシャンが隠した闇の中でただ、じっとしていることができるという訳である。


私のこのブログを読んだ方から、「国語系のブログの中で読解のヒントを明かしているようだが、公式を教えようとしているのに、それを最初から公開していいのか。」というご指摘があった。心配してくださり本当にありがたいことだが、まったく大丈夫である。むしろ、ブログからそのことを見抜けることが素晴らしい。慧眼である。確かに、公式に近いようなことは書いている。言わば「予告編」である。


シアターに映画を見に行くと、観賞したい映画が始まる前に、近日公開の作品の宣伝が入る。そこで、ストーリーの結末まですべて明らかにしてしまったら、誰も見に行かないだろう。さて、お目当ての映画がやっとスタートする。しばらくして、ある人物が登場すると、近く座っている人が大声で「こいつや、こいつが犯人や。」と叫ぶ。もう、ぶち壊しである。


それらのことと同じである。私のいう「国語の公式」も言わば「商品」である。効能、メリット、お品書きはいくらでも繰り返すが、買ってもらわないことには元も子もない。だから、公式そのものを「ばらす」ことはない。よしんば、あったとしてもそれはどちらかというと優先順位の低いものである。ただ、公式を連想させるような周辺の部分や遠回しな内容は書いているし、これからも書くだろう。そこから、「公式的な」ものを読み取っていただければ嬉しい。分かる人には分かると思う。


手品の際、シルクハットからギンバトが最初から顔を出しているとする。夢がない。ディズニーランドでおっさんがミッキーマウスの着ぐるみを着るのを見てしまう。台無しである。「どこかに隠れている」ことは誰も知っている。でも、すべてを明らかにしまうと面白みもなくなるということが世の中にはあるものだ。でも、「知らない世界」は確実に存在する。
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