晴天の霹靂<👈間違い>
言葉に関しての仕事に関わる以上、誤用・誤字にはつい「目くじら」を立ててしまう。「目鯨」などと表記してあれば間髪を入れずに注意したくなる。そんなクジラがいるなら、絶滅しないように、全力で保護するべきだ。というよりも、PCまでもがミスをしているではないか。間髪は「かんはつ」なのに「かんぱつ」で間髪入れず変換できる。パソコンですらこのありさまなのなのだから、ため息が出る。そんな中、「かん、はつをいれずに」と間(ま)をおいて話す人がいれば、尊敬してしまう。「間髪」は二字熟語ではないのだ。
受験期が近づいてくる。さすがに気が焦って「寸暇を惜しまず勉強します。」などと言っている受験生には苦言を呈したい。「寸暇=わずかな時間」を惜しまないでどうする。それを言うなら、「寸暇を惜しんで」が正解である。一刻一秒を大切にして頑張ってほしい。まさに「時は金なり」。この場合は「かね」である。お金と同じで無駄遣いをせずに大切に使えということか。それに対して「沈黙は金」で、こちらの方は「きん」。沈黙は金、雄弁は銀とセットにして言うこともある。だから、沈黙は雄弁よりも価値のあるゴールドだという訳である。
さあ、この試験の結果が合格できるかどうかの「雌雄(めすおす)を決するな」などと言っているのを耳にすると「ああ…」と嘆いてしまう。確かに意味はそうだが、「しゆう」と音読みしないと緊張感が出ない。最も、雌が負けで雄が勝ちだというのは、男尊女卑の名残だから、男女平等の社会では死語となった方がいいのかもしれないが。訓読みにして意味は取りやすくなるものの代表的なのは「竹馬の友」。「たけうまのとも」と言えば分かり易いが、「ちくば」と読めばかっこいい。だいたい、竹馬などもうしないので、これこそ時代遅れとも言える。
ら抜き言葉にも抵抗を感じる。作文・小論文指導でこれは絶対に指摘しないといけないのでこれはもう仕方がない。「着れる」「来れる」「食べれる」…これらが典型的なら抜き言葉だが、PCは一発変換してくれる。それぞれ「着られる」「来られる」「食べられる」が正解だが、むしろこちらの方に違和感をもつようになるほど「ら抜き」は蔓延してしまっている。もう、耐えられない。
さて、冒頭の「目くじら」だが、これは本来、「目じり」を意味する「目くじり」が長年にわたって「目くじら」に転じたものである。これも元々は誤用だ、とも言える。言葉は時代とともに変遷してゆくのだから、もう少し寛容でもいいのかもしれない。私も他のことに対してはずいぶん鷹揚である。だが、間違いは絶えず指摘しないと、黙っていてはすぐに「元の黙阿弥」に戻ってしまう。あ、失礼。「元の木阿弥」だ。ちなみにタイトルの「晴天の霹靂」は「青天の霹靂」が正解だ。日本語は難しい。
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