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【留学だけでは身につかない】日本人の英語習得の現実と効果的な学習法 | 英語教育のプロが語る帰国子女の真実

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2025/4/29

留学の幻想と現実:英語習得の厳しい真実

序章:見えない壁を超えて

夕暮れ時の成田空港。「きっと英語ペラペラで帰ってくるよ!」家族に見送られる高校生の瞳には、未知の世界への期待と不安が入り混じっていた。彼女は想像していなかった—留学という経験が、期待通りの英語力向上をもたらさないかもしれないことを。

英語教育に携わる私が目にしてきたのは、留学という「魔法の杖」に過度の期待を寄せる生徒と保護者、そして現実とのギャップに直面して戸惑う帰国生の姿だ。15年以上にわたり、無数の高校生や大学生を指導してきた経験から、留学と英語力の関係について、あまり語られることのない真実をお伝えしたい。

高校留学の現実:慣れと習得の違い

「1年間アメリカで過ごしたのに、なぜ英検準1級に合格できないの?」

このような疑問は、留学経験者からよく聞かれる。彼らは確かに英語環境で日常会話をこなし、現地での生活には適応した。しかし、それは「慣れ」であって、本質的な「習得」とは異なる次元の話なのだ。

高校生の1年程度の留学では、英語に対する心理的障壁は確かに下がる。日常会話のリズム感や基本的な表現は身につく。しかし、学術的な文章を読み解き、論理的な意見を構築し、説得力のある英語で表現する能力—これらは短期間で習得できるものではない。

ある帰国生はこう語った。「現地校では、英語を学ぶのではなく、英語で学んでいました。授業についていくので精一杯で、言語そのものを体系的に学ぶ余裕はありませんでした。」

この言葉が示すように、留学中の多くの学生は生存戦略としての英語を身につけるが、その深層にある文法構造や語彙の体系、文化的背景まで十分に理解するには至らないことが多い。だからこそ、帰国後に英検準1級のような、言語の深い理解を問う試験で躓くのだ。

「帰国子女」という幻想

メディアや一般的なイメージでは、「帰国子女=バイリンガル」という図式が描かれがちだ。しかし、教育現場の現実はそれほど単純ではない。

長年にわたり指導してきた「帰国子女」と呼ばれる生徒たちの中には、確かに驚異的な英語力を持つ者もいる。しかし、その一方で、日本語と英語の両方において十分な学術言語能力を持ち合わせていない「ダブルリミテッド」状態の生徒も少なくない。

ある「帰国子女」の生徒はこう打ち明けた。「英語では感情や日常のことは話せても、複雑な考えを説明しようとすると言葉に詰まります。かといって日本語で深い議論をするのも難しい。自分の考えをどちらの言語でも十分に表現できないもどかしさがあります。」

言語学者のカミンズが提唱した概念によれば、学術的・認知的言語能力(CALP: Cognitive Academic Language Proficiency)の習得には、5〜7年の継続的な学習が必要とされる。1〜2年の海外滞在だけでは、この領域まで到達することは極めて困難なのだ。

大学留学の限界:期待と現実のギャップ

「アメリカの大学を卒業しているのに、なぜ英語でのプレゼンテーションが拙いのか?」

外資系企業の採用面接官として、私はこのような疑問を幾度となく抱いてきた。米国の一流大学を卒業したにもかかわらず、英語で自分の考えを論理的に組み立て、説得力をもって伝えることができない応募者が少なくないのだ。

彼らの多くは、「周囲の英語環境に身を置いていれば自然と身につく」という受動的な姿勢で留学生活を送ってきた。英語でレポートを書き、プレゼンテーションを行い、試験をパスするという最低限の努力はしたものの、言語の深層に踏み込む積極的な取り組みが欠けていたのだ。

ある応募者はこう振り返った。「留学中は常に日本人コミュニティに依存していました。授業以外の時間は日本語で過ごすことが多く、現地の学生との深い交流はほとんどありませんでした。卒業証書は手に入れましたが、本当の意味での英語力は身につかなかったと今は感じています。」

外資系企業の業務では、単なる会話能力を超えた高度な英語力が要求される。複雑な交渉、精緻なレポート作成、緊迫した会議での意見表明—これらすべてが英検1級レベル以上の言語能力を必要とするのだ。

言語の壁を超える:効果的な留学のために

では、留学の効果を最大限に引き出すためには、どうすればよいのだろうか?

まず、留学は英語習得の「結果」ではなく「過程」であることを認識すべきだ。留学前の準備、留学中の積極的な学習姿勢、そして帰国後の継続的な努力—この三位一体があってこそ、真の言語能力は養われる。

留学前の準備

「基礎なくして応用なし」という言葉通り、留学前に確固たる文法知識と基本語彙を身につけておくことが重要だ。これにより、現地での学習効率は格段に向上する。

ある成功例の生徒は留学前に英検準1級を取得し、基本的な読解力と表現力を磨いていた。「現地に行ってからゼロから学ぶのではなく、すでに持っている知識を活かして、より深く学べました」と彼女は言う。

留学中の姿勢

単に「そこにいる」だけでは不十分だ。言語習得には意識的な努力と積極的な姿勢が欠かせない。

効果的な留学を実現した学生たちに共通するのは、以下のような特徴だ:

• 日本人コミュニティに閉じこもらず、現地の学生や多様な国籍の友人と積極的に交流する

• 授業で受動的に聞くだけでなく、発言し、議論に参加する

• 日々の会話や学びを振り返り、新しい表現や語彙を意識的に記録する

• 現地の文化活動やボランティアに参加し、教室外での英語使用機会を増やす

帰国後の継続

多くの留学経験者が陥る罠は、帰国後の学習モチベーションの低下だ。「もう留学したから」という満足感から、継続的な努力を怠ってしまうのだ。

しかし、真の言語習得は長い旅であり、留学はその一部分に過ぎない。帰国後も、定期的な英語使用の機会を作り、読書や視聴、会話を通じて言語感覚を磨き続けることが不可欠だ。

結語:現実的な期待と具体的な目標を持つ

留学は確かに貴重な経験であり、言語習得の可能性を広げるものだ。しかし、それは魔法の杖ではない。日本語と英語の言語的距離を考えれば、日本人が真の英語力を身につけるには、明確な目標設定と継続的な努力が不可欠なのだ。

「留学すれば英語が話せるようになる」という単純な図式を信じるのではなく、「留学という機会を通じて、どのように英語力を高めていくか」という視点を持つことが重要だ。そして何より、言語は単なるスキルではなく、その背景にある文化や思考様式を含めた総合的な能力であることを忘れてはならない。

留学を検討する生徒や保護者の方々へ。過剰な期待は失望を生む。現実的な目標と具体的な計画を持ち、長期的な視点で言語習得に取り組むことで、留学経験は真に価値あるものとなるだろう。そして、その道のりは留学が終わっても、生涯続いていくのだ。

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