大学進学で実家を離れる日、親が感じていた寂しさ
十八歳の春、振り返らなかった私が、いまになって思うこと
三月の終わり、駅のホームや空港の出発ロビーで、大きなスーツケースを引く若者の姿を見かけることがあります。その少し後ろには、たいてい父親か母親が立っています。何か言いたそうで、でも結局は「体に気をつけてね」くらいしか言えずに、手を振って見送る。十八歳の春は、子どもにとっては旅立ちの季節であり、親にとっては見送りの季節です。
大学進学をきっかけに実家を離れる家庭は、決して少なくありません。地方から東京や大阪の大学へ進む人もいれば、私のように海を越えて行く人もいます。今日は、そんな「親離れ」と「子離れ」について、少し個人的な話をさせてください。
私は高校時代、アメリカの大学へ留学するという目標にすべてを懸けていました。周りの友人たちが国内の大学受験に向けて模試の判定に一喜一憂しているあいだ、私はひたすらTOEFLの問題集と向き合い、SATの過去問を解き続けていました。英語の長文を読み、知らない単語を書き出し、また読む。その繰り返しの先に、まだ見たことのないアメリカの大学のキャンパスがあると信じていました。
そして合格通知が届いたとき、私の頭の中は、これから始まる新しい生活のことでいっぱいになりました。芝生の広がるキャンパス、世界中から集まる学生たち、英語だけで行われる授業。思い描くだけで胸が高鳴りました。
正直に書きます。実家を離れるとき、私は寂しいとはまったく思いませんでした。ほんの少しも、です。憧れのアメリカへ旅立つという目標があまりにもまぶしく輝いていて、その光の中では、住み慣れた家も、毎朝の食卓も、両親の存在さえも、背景のようにしか見えていなかったのだと思います。

出発の日、空港で両親がどんな顔をしていたのか、私はよく覚えていません。覚えているのは、搭乗口へ向かう自分の足取りが驚くほど軽かったことだけです。振り返って手を振ったかどうかさえ、記憶があいまいです。
アメリカに渡ってからも、ホームシックにかかることはありませんでした。大学の勉強はとにかく忙しく、毎週のように大量のリーディング課題が出て、レポートの締め切りに追われ、授業では発言しなければ存在しないのと同じ扱いを受けました。日本のことを思い出して感傷に浸る暇など、どこにもなかったのです。
それどころか私は、数年後には日本へ帰らなければならないという事実のほうを、ずっと心配していました。この生活が終わってしまうことが怖かった。日本に戻りたくないとさえ思っていました。親元を離れた寂しさではなく、異国の地を離れる寂しさばかりを恐れていたのです。今思えば、ずいぶん親不孝な息子だったのかもしれません。
けれども、年齢を重ね、長く英語を教える仕事に携わり、たくさんの受験生とそのご家族に出会ううちに、あの日の空港の景色が、少しずつ違って見えるようになってきました。
生徒が志望校に合格したという報告をくれるとき、その知らせの向こうには、必ず保護者の方の存在があります。喜びの声の中に、ふと寂しさがにじむ瞬間があるのです。「合格して本当にうれしいんですけど、春からはこの子がいないんですよね」。そんな言葉を聞くたびに、私は胸の奥が静かに痛みます。そして思うのです。あの日、私の両親も、きっと同じ気持ちだったのではないか、と。
考えてみれば、子どもが十八歳になるまでの年月は、親にとって毎日の積み重ねそのものです。生まれたばかりの頃、三時間おきの授乳で一睡もできないまま朝を迎え、それでも小さな寝息を聞いて安心した夜。高熱でぐったりした体を抱えて夜間救急に駆け込み、待合室のベンチで「代われるものなら代わってやりたい」と何度も思ったこと。保育園の門で泣き叫んでしがみつく手を、心を鬼にして一本ずつ引きはがし、背を向けたあと自分のほうが泣きそうになった
朝。運動会の徒競走で転んで、泥だらけの膝のまま最後まで走りきった姿に、思わず声を上げて応援したこと。毎朝五時に起きて詰めた弁当箱が、空っぽになって返ってくるだけでうれしかった日々。反抗期には「うるさい」「ほっといて」とドアを乱暴に閉められ、廊下に立ち尽くしたまま、それでも夕飯は好物を作ってしまった数か月。受験期には、深夜一時を過ぎても消えない部屋の明かりを見上げながら、夜食のおにぎりをそっとドアの前に置いた冬。不合格の知らせに部屋へ閉じこもった背中に、かける言葉が見つからなかった日もあったかもしれません。そのひとつひとつを、親は覚えています。子どもが忘れてしまったことまで、ちゃんと覚えているのです。
大切に、大切に育ててきた子が、ある春の日、自分の足で家を出ていく。それは、子育てがひとつの実を結んだ証です。誇らしくないはずがありません。けれど同時に、その日を境に、食卓の椅子がひとつ空くのです。洗濯物の量が減り、夕飯のおかずを作りすぎてしまい、玄関で「ただいま」と言う声がしなくなる。家の中が、少しだけ広く、静かになるのです。
喜びと寂しさは、矛盾しません。子の成長を心から喜びながら、同時にどうしようもなく寂しい。それが、親というものなのだと思います。
そして、旅立つ子どもの側も、本当は私のように何の不安もなく家を出ていく人ばかりではありません。むしろ、知らない街での一人暮らし、新しい人間関係、慣れない自炊や家計のやりくりに、不安を抱えて出発する人のほうがずっと多いはずです。最初の夜、がらんとしたワンルームで、実家から持ってきた毛布にくるまって、なかなか眠れない。そんな経験をする人も少なくないでしょう。それは決して弱さではありません。それだけ温かい場所で育ってきたという、何よりの証拠なのです。
私は、旅立つときに寂しさを感じませんでした。それを誇るつもりはありません。今となっては、少しだけ惜しいことをしたとさえ思います。あの日、振り返って、もう少し長く両親の顔を見ておけばよかった。「行ってきます」をもっとはっきり言えばよかった。そして、言葉にはしなかったけれど、私が夢中で目標に向かって走れたのは、背中を押してくれた人たちがいたからだということに、もっと早く気づくべきでした。
TOEFLの参考書を買うお金も、SATの受験料も、海を渡るための航空券も、すべては誰かが用意してくれたものでした。「行っておいで」と言ってくれた声があったから、私は振り返らずに歩いていけたのです。振り返らなくても大丈夫だと思えるほど、後ろに確かな場所があったのです。
もし今、この春に子どもを送り出そうとしている親御さんがいらしたら、どうか寂しいと感じる自分を責めないでください。その寂しさは、これまで注いできた愛情の深さそのものです。子どもはきっと、すぐには気づきません。私のように、何年も、何十年もたってから、ようやく気づくのかもしれません。それでも、あなたが見送ったあの日のことは、いつか必ず、子どもの心の中で大切な記憶に変わります。
そして、これから旅立つ受験生のみなさんへ。新しい世界へ向かう期待で胸がいっぱいでも、不安で押しつぶされそうでも、どちらでもかまいません。ただ、出発の日には、ほんの少しだけ立ち止まって、振り返ってみてください。そこに立っている人の顔を、しっかりと覚えておいてください。その人は、あなたが見えなくなるまで、きっと手を振り続けているはずです。
親離れと子離れは、同じ日に始まります。けれど、本当の意味で離れることは、たぶん一生ありません。距離は遠くなっても、つながりは形を変えて続いていくのです。十八歳の春、振り返らなかった私は、いまになって、ようやくそのことがわかるようになりました。
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