「世界史探究」の完成にかかる時間と手間の目安

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2025/4/20

昔からよく「世界史ってどれくらい勉強すればできるようになりますか?」という質問を受けます。これについては、個人差がかなりありますし、東大などの難関国公立や早慶などの難関私立では必要となる知識の質と量も変わってくるのですが、難関国公立・私立どちらも目指す場合に「最低限必要なラインと言うのはどのあたりか」ということを中心に考えてみたいと思います。

まず、「難関校を中心に…」と言っておいてアレなのですが、個人的には、世界史は高偏差値の大学と低偏差値の大学との間で、問題を解く際に必要とされる知識・学習量の幅がそれほど大きくない科目だと思っています。よく、「この大学は偏差値がそんなに高くないから、チャチャッと2、3カ月勉強すれば大丈夫」と勘違いされることが多いのですが、実はそんなに簡単ではありません。中堅校より偏差値的には低い大学の問題であっても、結構広い範囲、色々な内容から出題されます。たしかに、問題のレベル的には早慶の正誤問題のように重箱の隅をつついたような設問が出されることはありませんが、それでもその事実を知らなければ解けない問題が出されますので、世界史の通史について「広く・浅い」知識は必須となります。

たとえば、以下は共通テスト偏差値(河合塾)で言うと40~50くらいの大学の一般入試で実際に出題された内容について、一部アレンジを加えたものです。


・北魏を建国した鮮卑の氏族名は何か。(答:拓跋氏)

・九・三〇事件をきっかけに実権を握ったインドネシアの独裁者は誰か。(答:スハルト)

・フランスで初めて三部会を招集したフランス国王は誰か。(答:フィリップ4世)


これらはどれも選択問題でなく記述問題として出題されているので、答えは知らないと書けませんから、問題のレベル的には決して易しくありません。また、範囲も比較的満遍なく出題されることから、これらの問題に満足いくレベルで対処するためには、少なくとも教科書の太字部分くらいの知識はしっかり頭の中に入っているという状態が要求される設問だと言って良いと思います。

もちろん、一部の大学についてはある程度「必ずこの時代、この分野が出る」とか、「この部分が出題されやすい」といった傾向が顕著な大学もあるのですが、大部分の大学では広い範囲から出題され、出題範囲を限定することが困難な場合が多いです。また、傾向はあくまで傾向であって、来年度も同じ傾向で問題が出るとは誰にも言えません。つまり、世界史は「ヤマをはる」とか「一部、短期間やれば点が取れる」と言った科目ではなく、かなりがっつり勉強しないと偏差値に関係なく受験問題を解く役にはたたない、「やるか、やられるか」の科目なのです。逆に言えば、「やってやる!」と一念発起して世界史通史を身につければ、偏差値帯にかかわらずある程度は戦えることを意味していますので、しっかり勉強しているうちに自分が狙っていたよりも高い偏差値帯の大学に挑戦するための武器になるかもしれない科目でもあります。

それでは、世界史探究の通史をある程度完成させるためにはどれくらいの学習量が必要になるのでしょうか。普通、高校の授業では「世界史探究」は週3コマ~4コマ(1コマ50分)の授業が設定されていて、高2~高3の2年かけて通史を終えますが、「2年かけても通史が終わらない」ということはザラにあります。私が勤務していた学校では(当時は「世界史B」でしたが)、高2から始めて週4コマ(1コマ50分)で進め、一応高3の1学期には全通史が終わるというかなり超高速の授業展開でした。それでも夏休み前には「1週間~2週間で補講16コマ(自由参加)」というような無茶なことをしてようやく終わる(でも受験に必要だからみんな出席)というような状態でした。週4コマですと2年間でだいたい190~210コマくらい(高3の3学期は除く)あるイメージなので、総時間数で言うと160時間~180時間くらい授業をする感じでしょうか。この分量の内容を数か月でモノにするのはかなり無理がありますから(本人の努力次第でできないことはないのですが…)、やはり計画的に早いうちから準備をしておくことが望ましいです。できれば新高2になって間もなくから始めて1年半で通史を完成させ、高3に入るあたりから問題演習を併用し、最後の半年を問題演習や過去問対策に集中してあてるというサイクルが理想です。遅くとも、新高3の始まる頃には通史の学習・復習を始めておくべきで、最も遅くても夏休み前後から始めるのが、通常対処し得るギリギリのラインではないかと思います。

私の経営する塾の卒業生では、世界史をほぼゼロ学習から始めて、授業で「ヨーロッパ中世史(フランク王国あたり)~現代史」を週3~4コマ(1コマ80分)で進めて完成させたというのが最高速でした。(だいたい、山川出版社の『詳説世界史ノート』の内容について7割~8割方身につけた状態で、第2志望校に合格できました。)これはかなり極端な例ですし、ご本人の努力によるところが大きいとは思いますが、同じく世界史ゼロ学習から週2コマ(1コマ80分)で10カ月程度であれば、やや負荷はかかりますが、通史について難関大に通用するレベルまで持っていくというのは比較的現実的な選択肢としてあり得ます。もちろん、その場合もただ授業を聞いていればよいというわけではなく、家庭学習等で受験生自身が復習したり、覚えたり、問題を解いたりという努力を重ねることが前提です。その場合、80分×週2×10カ月(40週)=6400分=約110時間の授業で一通り通史を網羅することになります。ですから、無理のない週1ペースであれば80分×80週の計算になりますので、やはり新高2から始めて20カ月(約1年半+α)くらいのペースが目安になりますよね。

これらを踏まえて、受験で使えるレベルに世界史を仕上げるのに必要な学習量はどれくらいになるかと言いますと、難関大に対応できるしっかりした地力をつくるには最低限以下の内容をこなすことが望ましいです。


① 通史の網羅

:教科書や学校・塾プリント、『詳説世界史ノート』などの完成と暗記。

② 共通テスト向け問題集を1周

:『30テーマ世界史問題集』(山川出版社)など、共通テスト向けの問題集を1周。

③ 標準的な世界史問題集を1周

:『世界史標準問題精講』や『関東難関私大世界史問題集』(山川出版社)、『実力をつける世界史100題』(Z会)など、古代から単元別に復習できる問題集を1周。また、関西圏であれば『新版関関同立入試対策用問題集』(山川出版社)なども選択肢としてはあり得ます。(どれか1冊でOK。)

④ 大学入学共通テストや志望校の過去問対策

:自分の志望に合わせて最低数か年分、できれば5か年~10か年分。


以上が最低限ですが、これに加えて難関国公立・早慶などについては以下のものが必要となるかと思います。


⑤ 『早稲田大学入試対策問題集』、『慶応義塾大学入試対策問題集』(山川出版社)

:単元別ではないですが、私大の問題としては最高難度の問題が数多くそろっています。こちらを全て解き切り、内容を消化できる(解く力を身につける)のであれば、上記③については必ずしも必要ではありません。

⑥ 志望校過去問

:早慶については志望学部とその周辺や併願校・学部について最低5か年分。難関国公立については、できるのであればできる分だけ過去にさかのぼってやっておくにこしたことはありません。ですが、「解いている時間がない」ということであれば、東大であれば『テーマ別東大世界史論述問題集』(駿台文庫)などを用いて、広い範囲について解答作成にいたるまでのおおよその道筋やテーマなどについての理解を深めておくことが望ましいです。

⑦ 論述対策問題集

:国公立や論述が出題される私大については、その大学の過去問対策でも良いのですが、早いうちから論述に慣れておきたいという場合には『段階式世界史論述のトレーニング』(Z会)などの論述問題集に取り組んでみるのも良いかと思います。


だいたいこれだけの内容がこなせれば、世界史は「どうにかなる」というよりもむしろ「武器にできる」レベルの力が手に入るはずです。ただ、最初にも申し上げたように世界史学習には個人差があります。人によっては、教科書1冊や用語集1冊あれば難関国公立早慶に合格してしまうくらいの学力を身につけてしまうというケースもありえます。(私自身、高校の頃に学習したのは『詳説世界史研究』丸暗記+資料集たまに見る+過去問対策くらいで、他の問題集等には手をつけませんでしたが、世界史は武器にする科目でした。[というか、当時今ほど多様な問題集が手近な本屋で見つからなかったのですよね…。])ですが、繰り返しになりますが、学習内容の習得にはそれぞれ個人差というのがあります。世界史が「好き・嫌い」から始まって、1回に集中できる時間、集中の深さ、内容の理解や消化の速さなど、個々に異なりますので、一部の人の成功談をあてにしても始まりません。ですから、上に示したものは、世界初学者が「さぁ、これからはじめるぞ」といって難関大を目指すといった場合、概ねこれだけのことをこなせば「まず戦える力はつく」という目安だとお考え下さい。

世界史で力をつけるにはかなりの分量の学習が必要になることは間違いのないところですが、おそらく1番肝心なことは「世界史を好きになる」ことに尽きると思います。世界史と言うのは、様々な人間模様が織りなす究極の大河ドラマで、本来面白もの(血生臭くはありますが…)であるはずです。魅力的な歴史の語り手に出会えれば、世界史は聞いているだけで結構面白かったりします。ですから、ただ用語や事件を黒板に羅列して「ここ覚えておけよー」という語り手ではなく、歴史の背景や登場人物の人間模様、モノ・カネ・情報が飛び交うダイナミズムを生き生きと語れる魅力的な語り手に出会うことが世界史の学力を高める一番の方策なのかもしれません。また、そうした語り手に出会えなかったとしても、自分自身の想像力を豊かに膨らませることができれば歴史は魅力的になり得ます。ぜひ、自分なりの方法や形を見つけ出して、世界史を受験の武器にするだけでなく、歴史の面白さに気づいて欲しいなと思います。

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