【世界を旅した先生が伝えたい!歴史への興味がグッと深まる「旅×学び」のススメ】vol.20 南米編 その7
―― ボリビア、アンデス高原と近代史の交差点
南米ボリビア。
地図で見れば内陸国、
標高の高い国――
多くの人にとって、そのイメージはここで止まっているかもしれません。
しかし実際に足を運ぶと、
この国は「自然」と「近代史」が真正面からぶつかる場所だと気づかされます。
今回は、
アンデス高原という特殊な地理と
ボリビア近代史の選択と苦悩を、
旅の視点から読み解いていきます。
① 標高3,000〜4,000mの世界が「当たり前」な国
ボリビアを語るうえで、
まず避けて通れないのが標高です。
首都ラパス:標高 約3,600m
エル・アルト:標高 約4,000m
息が少し苦しく、
歩くだけでも体力を使うこの環境で、
人々は普通に生活しています。
ここで大切なのは、
この地理条件が、
ボリビアの歴史・経済・政治すべてに影響してきた
という視点です。
② アンデス高原が生んだ「強さ」と「不利」
アンデス高原は、
外敵から守る「天然の要塞」でした。
インカ帝国の一部として組み込まれた理由
スペイン支配下でも、先住民文化が色濃く残った理由
その背景には、
高地という地理的隔絶があります。
一方で近代になると、
この地理条件は「弱点」にもなります。
海への出口を持たない
交通網の整備が難しい
資源を輸出しづらい
👉
守りに強い地理は、近代国家には不利に働いたのです。
③ 近代史の転換点――「海を失った国」
ボリビア近代史最大の出来事の一つが、
太平洋への出口を失ったことです。
19世紀後半、
チリとの戦争(太平洋戦争)に敗れ、
ボリビアは海岸地帯を失いました。
これにより、
内陸国として固定される
貿易コストが跳ね上がる
経済発展に長期的な制約がかかる
という結果を招きます。
旅をしていると、
「なぜ今も“海への権利”を主張し続けるのか」
その理由が肌感覚で理解できます。
④ 資源大国なのに豊かになれなかった理由
ボリビアは、
銀
錫
天然ガス
リチウム
と、資源に恵まれた国です。
それでも長く貧困が続いた背景には、
植民地支配の構造
外資主導の資源開発
先住民が利益から排除された社会構造
があります。
アンデス高原の村々を訪れると、
「土地に根ざして生きてきた人々」と
「国家としての近代化」のズレが、
今も残っていることが見えてきます。
⑤ 先住民文化と近代国家のせめぎ合い
ボリビアの特徴は、
先住民人口の割合が非常に高いことです。
アイマラ
ケチュア
彼らの言語・文化・価値観は、
今も政治や教育に影響を与えています。
21世紀に入り、
先住民出身の大統領が誕生したことは、
「近代史の一つの到達点」とも言えるでしょう。
👉
これは単なる政権交代ではなく、
植民地以来の構造への問い直しでした。
⑥ 旅をすると、歴史は「線」ではなく「面」になる
教科書で学ぶと、
戦争
独立
政治改革
は年号と用語の並びになります。
しかし実際に旅をすると、
なぜその選択をしたのか
なぜ今も問題が続いているのか
地理と歴史がどう結びついているのか
が、一つの物語として立ち上がってくるのです。
アンデス高原の風、
高地に沈む夕日、
市場で交わされる言葉――
それらすべてが、
ボリビア近代史の背景を教えてくれます。
⑦ 歴史は「遠い話」ではない
ボリビアの歴史を学ぶことは、
地理が国家の運命を左右すること
資源が必ずしも豊かさを保証しないこと
誰の視点で歴史を書くかが重要だということ
を考えるきっかけになります。
これは、
受験のためだけの知識ではありません。
世界を見る目を一段深くしてくれる学びです。