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「模範解答の解説はモヤモヤする」――違和感の正体と国語記述の悪い意味での”それっぽさ”について

2026/8/7

国語の記述問題。

入試シーズンになると各予備校から模範解答が出揃いますが、比べてみると解答も解説もバラバラで、「どれを信じればいいの?」と迷うことはありませんか?(私は高校生の時ほんとわけわかめで何を信じればいいのか不明でした、、、滝汗)

たとえば「どういうことか、80字で説明しなさい」という問題があったとします。

「具体例を入れるべきか、入れないべきか」という一点だけでも、ある予備校の解答には入っていて、別の予備校の解答には入っていなかったりします。

基本的なルールで言えば、記述は「傍線部の言い換え」がベースです。そこに文脈上どうしても必要な「対比」や「因果関係」を盛り込んで字数を組み立てていきます。

なのに、ある予備校の解説を見ると「〇段落に傍線部の内容が書かれているから、そこをまとめればOK」とアッサリ書いてあって、しかも具体例がどしどし入っている。え、、、と私は思います。

教科書の確認テストならそれもアリかもしれません。

ですが、ここは国公立二次試験の記述という「主戦場(真剣勝負)」です(でも楽しんで解いてくださいね)(二律背反(;^_^A)

大切な字数を使ってまで、安易に具体例を入れていいものだろうか、、、。私は模範解答を見るたび、そんな「モヤモヤ」を覚えます。

具体例を入れていいのは、専門用語など「それを噛み砕かないと説明が成り立たない場合」や、問題文で「具体的に書け」と指示されたときくらいです。指示もないのに安易に具体的なエピソードに字数を割くのは即断がすぎる。それよりも、対比や因果といった論理の骨組みをしっかり残す方がずっと優先度が高いのです。

たとえば昨年度の東京大学国語(理科)では精神分析の文章が出ましたが、

逆に安易に「超自我」という言葉を使用しない方がいいだろうと私は思います。

なのに、「精神分析は超自我と同一視される、権威的な分析家」とあっさりと書いてしまう予備校は「超自我」のことを「頭上に君臨する超越者」と書く予備校の配慮をいつまでもわからないのです。(一方で、設問にもよることはあるのですが、ここでは長くなるので割愛します、かしこ)

もうひとつ、記述における「言葉の選択とニュアンス」の話をしてみます。

東大の同じ問題文の中で、「ポリフォニー」という概念が登場します。

文芸批評家バフチンがドストエフスキーの小説を分析する中で提示した、「多声性」を指す重要な言葉です。

この文章の記述問題に対して、ある予備校は「多様な意見が並存すること」と解答を作成していました。 けれど、別の予備校は本文中の表現をしっかり拾い、「多様な語りが場に満ちていくこと」と書いていたのです。

この違い、分かりますでしょうか。 「意見」と「語り」。一見似ているようですが、まったくの別物です。

「意見」とは、根拠をもって相手を説得しようとする論理的な主張です。しかし、精神分析の現場で人を癒やし変化させるのは、そうした論理的な「意見」のぶつけ合いではなく、その人が自らの物語を紡ぎ出す「語り(声)」そのものです。

こまかいこんな人文系の知識はわからずとも、本文中に「声」や「語り」という表現があるにもかかわらず、背景知識や言葉のニュアンスを無視して「意見」と言い換えてしまっては、筆者の意図も本文の深みも台無しになってしまいます。

私が何を言いたいかというと、「分かった気になっている答案」と、「本当に分かっている答案」は、まったく別物です。 そして悲しいことに、大手の予備校であっても、解答を作っている人がそこまで人文系の背景知識に精通しているとは限りません。

では、受験生であるあなたは、どの解答を信じればいいのでしょうか。

答えは、「あなたが感じた違和感」の中にあります。

「なんかこの解説、しっくりこないな」 「なんでこの言葉をわざわざ選んだんだろう?」

模範解答を見たときに感じるそのモヤモヤこそが、あなたが文章を深く読み込めている証拠であり、本物の国語力を伸ばす最大のチャンスです。そもそも、言葉を言葉で説明しきるのは不可能なんです。だって辞書は無限に別の言葉を教え続けてくれるのですから。(話が変わりすぎました(;^_^A)

大切なのは、「大手の予備校が言っているから正しい」と鵜呑みにしないこと。

そもそも大学という場所は、既存の「権威」や「当たり前」を疑うことから始まる場所のはずでした。

模範解答の言葉と、解説の理屈と、あなたが感じた違和感。 その狭間で悩んだときは、どうかその違和感を捨てないでください。

なぜその言い換えになるのか。どこで言葉を止めるべきか。

「言い換え・因果・対比」のバランスと、「具体と抽象」のバランス。

その絶妙なさじ加減を一緒に探り、あなたの「違和感」を「確信」に変えていくために、私たちは寄り添い、伴走しています。

悔いのない問題演習を重ねて、本物の読解力を身につけていきましょう。

受験生の皆様グッドラックです(^^♪

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