予習シリーズで「考えてはいけない」理由
中学受験を始めた家庭が最初にやらかすミスがある。
子どもが予習シリーズの問題を前にして黙り込んでいる。親は「考えてるんだな、いいぞ」と思う。でも実際には、答えが存在しない迷路の中をぐるぐる歩き回っているだけだ。
これは子どもの能力の問題ではない。そもそも予習シリーズは「考える教材」じゃないのに、考えようとさせている構造的なミスだ。
予習シリーズは「解法全集」である
まず前提として確認してほしい。
予習シリーズという教材は、中学受験算数に存在するほぼ全ての解法パターンを体系的に網羅したカタログだ。テキスト制作者が何十年もかけて入試問題を分類・整理し、「これを押さえれば大半の問題に対応できる」という形に再構築してある。
つまり、あの教材の問題には全て「答え」どころか「解き方」まで決まっている。
そこに向かって「どうやって解くんだろう」と考え始めるのは、すでに誰かが発明した自動車を目の前にして、「車輪って丸くした方がいいのかな」と悩んでいるようなものだ。発明は終わっている。君の仕事は乗り方を習得することだ。
「考える」と「習得する」を混同してはいけない
保護者から「うちの子、ずっと1問に向かって考えてたんです」という報告を受けることがある。聞くと、20分、30分。親からすれば主体性があっていいように見える。
でも僕の評価は逆だ。あれは時間の無駄だ。
理由は単純で、予習シリーズの問題は「考えたら解けるようになる問題」ではないからだ。解法を知らずに考え続けても、正しい解き方にはたどり着かない。なぜなら、その解き方は特定のアプローチを知らないと原理的に出てこない構造になっている。
知らない漢字を10分見つめても読めるようにならないのと同じだ。答えを見て、覚えて、書いて、また書く。それだけが正解への道だ。予習シリーズの算数も、構造はこれと全く同じだということを理解してほしい。
水道方式が教えてくれること
少し古い話をする。
水道方式という算数教育の理論がある。蛇口を抑えれば水全体をコントロールできる——その比喩から来ている。算数にも「蛇口」がある。ごく少数の根本的な考え方を押さえれば、そこから派生する大量の応用問題が全て射程に入るという構造だ。
そして予習シリーズのテキストは、まさにその設計で作られている。例題が「蛇口」だ。
例題を本当に理解して解けるようになると、同じ単元の基本問題と練習問題の大半は自然に解けるようになる。なぜなら、それらは全て例題の解き方を少しだけ変えて出しているだけだからだ。
逆に言えば、例題を飛ばして練習問題から取り組むのは、蛇口を無視して水を一本一本手で止めようとするようなものだ。永遠に追いつかない。
例題をどう使うか
具体的な話をする。
例題は「読んで理解する」ものではなく、「解けるようになるまで繰り返す」ものだ。テキストを開いたとき、まず例題の解説動画があれば必ず見る。進学クラブなら動画が用意されている。その動画は例題の解き方を丁寧に説明してくれる。これを使わない手はない。
動画を見たあと、解説を閉じて自力で再現する。できなければもう一度見る。できたら翌日また解く。これを例題だけで繰り返す。基本問題や練習問題はその後だ。
「例題だけやってても他の問題解けないんじゃないか」という疑念が親に生まれがちだが、それは信頼していい。例題が本当に体に入っていれば、基本問題は驚くほどスムーズに解けるようになる。これは理論ではなく、毎年同じ場面を見ている経験則だ。
「考える問題」は別に存在する
「じゃあ中学受験の算数に考える問題はないのか」という話になるが、ある。ただし、それは予習シリーズの中にはない。
本郷や芝、桐蔭のような学校を目指す場合、過去問には解法が確立されていない問題が含まれている。それらは自分が持っている複数の解き方を組み合わせ、手探りで突破するしかない。
そこで初めて「考える」が必要になる。
しかしその段階に到達するには、まず予習シリーズの解法パターンを全て血肉化しておく必要がある。手持ちの武器が揃っていない状態で考えても、使えるものがないから何も生まれない。
順序が決まっている。習得が先で、思考の応用は後だ。
家でやるべきことは一つ変わる
この話を読んで、おそらく今のやり方で気になる点が出てきた保護者もいると思う。
確認してほしいのは一点だ。子どもが問題の前で詰まったとき、「ちょっと考えてみて」と言っていないか。
この一言が、無駄な30分を生み出している。
詰まったら即、解説を見る。見て理解する。閉じて再現する。再現できなければまた見る。この手順に変えるだけで、同じ1時間の勉強が質的に別物になる。
考える時間を削ることに罪悪感を持つ必要はない。予習シリーズでの「考えること」は勉強ではなく、ただの時間消費だ。
成績が上がらない子どもの横には、「考えさせた方がいい」と信じた善意の保護者がいる。その善意が子どもの時間を食い続けている。気づいた日が、変わる日だ。
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