疑問をもつことは悪いこと? 〜高校2年生で数学が得意になった生徒の話〜
「そういうものだから」
私が過去に勤務していた高校の女子生徒で数学が苦手な生徒がいました。
テストの点数は平均点以下どころか10点台、ひどい時には1ケタの時もありました。
その生徒と休み時間に話していると、数学が苦手になったきっかけを教えてもらいました。
その子は中学生の頃、方程式に疑問をもったそうです。
「両辺に同じ数を足したり、引いたり、かけたり、割ったり、そういう計算をした時点で元の式とは違うもののはずなのに、どうしてそれを答えとして良いのか?」
つまり、「2x=8」の解を求める時には、両辺を2で割って「x=4」としますが、
「2x=8」と「x=4」は両辺を2で割った時点で別の式のはずなのに、「2x=8」の答えが「x=4」であることに疑問をもったのです。
その疑問を数学の先生に質問したら、先生からの返答は「そういうものだから」でした。
ここでその生徒は数学を嫌いになったそうです。
疑問をもつことは悪いこと?
歴史の授業の中で「どうして江戸幕府をたてたのは徳川家康なの?」と聞いても、そこまでの経緯はあったとしても、「結果そうなったから」ということに行き着きます。
しかし、数学は過去の研究者たちが、論理的に整合性が取れるようにつくったものなので、必ず理由があります。
もちろん、疑問をもったことの理由が数学の深い部分にあって、簡単に回答できるようなことでないこともあります。
でも、そこに疑問をもつことは数学の能力が低いということではありません。
ですから、私は
「数学が苦手だから疑問をもつ」のではなく、
「疑問をもつことは、数学が得意になる素質がある」
ということだと思っています。
すべての疑問に答えられるのか?
この答えはNOです。
現在も数学の研究は進んでいて、みなさんも聞いたことのある「100万ドル問題」というのは解決すれば100万ドルもらえるものですが、7つのうち6つはいまだに解かれていません。
さらに、私や生徒のみなさんの現在の数学の能力では理解できないこともたくさんあります。
ですが、中学生の頃の先生の返答が「そういうものだから」ではなく、
「そこに疑問をもつことはとても良い着眼点だけど、もっと数学を勉強しないとその理由は説明できないんだよね」であれば、嫌いになることもなかったかもしれません。
そして、数学に関する苦手意識という「壁」が取り除かれた女子高生は、
休み時間などにも疑問に思ったことを積極的に聞きにくるようになり、
2年生の後期の試験では中間試験で98点、期末試験では100点満点という好成績をおさめていました。