「なんでこんなこともできないの」と言う前に、思い出してほしいこと
お子さんの勉強を見ていて、イライラしたことがあるはずです。
分数の通分をまた間違えた。同じ漢字を何度も書き間違える。さっき説明したばかりの解き方を、もう忘れている。「なんでこんなことができないの」という言葉が、喉まで出かかる。あるいは実際に出てしまう。
その感情は自然なものです。ただ、イライラの根っこには、ひとつの大きな誤解が潜んでいます。
今日はその誤解を解きます。子供の「できない」がどう見えるか、おそらく変わります。
大人は自分の「できる」の来歴を忘れている
突然ですが、お母様はいつから分数の通分ができるようになりましたか。
「そんなの、子供の頃から普通にできていた」という感覚があると思います。でもそれは、記憶の捏造です。
お母様にも、分数が初めて出てきた瞬間がありました。意味がよくわからなかった時期がありました。何度も間違えた時期がありました。先生や親に教わって、反復して、あるときから急にできるようになった。その過程が丸ごと記憶から抜け落ちて、「最初からできた」という事実と異なる履歴書が脳内に残っている。
人間の記憶とは、概ねそういうものです。
「できている状態」だけが記憶に残り、「できるようになる過程」は消えます。だから大人は、今自分が持っている能力を、生まれつきか、さもなければ子供の頃から自然に備わっていたかのように錯覚します。実際には、誰かに教わって、間違えて、怒られて、また試して、気づいたらできるようになっていた。ただそれだけのことなのに。
計算の工夫が典型です。25 × 4 = 100 を使って計算を楽にするテクニック。これを今さらりとできるお母様は、「自分は昔から自然にこうやっていた」と感じているかもしれません。違います。誰かにやらされた時期があるはずです。その記憶がないのは、もう無意識に動いているからです。自転車の乗り方を覚えた人間が、「どうやってバランスを取るか」をいちいち意識しないのと同じです。
イライラの正体は、「習得済みスキル」との比較
ここまで来れば、イライラの構造が見えます。
お母様が子供に「なんでこんなこともできないの」と感じる瞬間は、必ず「自分にとって自明のこと」との比較が起きています。自分には当たり前にできることが、目の前の子供にはできない。だから苛立つ。
でもその「自分には当たり前にできること」は、最初から当たり前ではありませんでした。過去のある時点で、誰かが時間をかけて教えてくれたものです。あるいは膨大な反復の果てに身体に染み込んだものです。その事実を、記憶が消してしまっている。
子供が「できない」のは当たり前のことです。まだ習得過程にいるのですから。大人が「できる」のも当たり前のことです。すでに習得が完了しているのですから。この2人を同じ土俵で比較して、「なんでできないの」とイライラするのは、そもそも比較の設定がおかしい。
プロ野球選手が隣で素振りを見ていて「なんでそんなにバットに当たらないの」とイライラしたとしたら、それはおかしいと誰でも気づきます。ただ、自分の「できる」の来歴を忘れているせいで、親子間では同じことが日常的に起きています。
「できない」は現在地であって、能力の限界ではない
これを意識すると、子供の「できない」の見え方が変わります。
今できないのは、まだ習得が完了していないからです。それだけです。才能がないのでも、頭が悪いのでも、やる気がないのでも、ない。習得の途中にいるということです。
そして習得の途中にいる子供に必要なのは、イライラした親から「なんでできないの」と言われることではなく、反復できる環境と、間違えても安全だという感覚です。後者は特に重要です。間違えるたびに親が苛立つ家庭では、子供は次第に「間違えること」自体を恐れ始めます。そうなると、わからない問題を飛ばすようになり、わからないことを隠すようになり、やがて「やったふり」だけが上達します。これは成績には一切繋がりません。
中学受験に限って言えば、もうひとつ付け加えます。
今のお母様の感覚では「簡単なこと」でも、小学4年生のあの時期の自分には、それが難しかった。その難易度の感覚を、記憶から取り戻してください。等差数列の和の公式を初めて見たとき、本当にすぐ使えるようになりましたか。比の問題が初登場したとき、一発で意味を掴めましたか。思い出せないのは、習得済みだからです。習得前の自分の状態は、今のお子さんとそう変わらなかったはずです。
「できていない過程」を丁寧に積むこと
親がイライラせずにいられるための実践は、一言で言えばこうなります。子供の「できない」を現在地として扱う。ゴールではなく、現在地として。
現在地は動きます。正しい反復を積めば、必ず動きます。今日できなかったことが、3週間後にはできるようになっている。そういう変化を僕は毎年見ています。変化の速度は子供によって違いますが、方向性は同じです。
そしてもうひとつ。習得の途中にいる子供には、全部を一度に完璧にさせようとしないことです。今週この単元を完全に理解させようと力技でねじ込んでも、翌週には消えます。それより、少量を長期間かけて反復したほうが定着します。これもお母様が自分の習得の来歴を思い出せば、体感として分かるはずです。急いで詰め込んだ記憶と、繰り返しやらされて気づいたらできていた記憶。どちらが今でも使えますか。
「なんでこんなこともできないの」という言葉を飲み込みたいとき、ひとつだけ考えてみてください。自分がそれをできるようになったのは、いつで、誰のおかげで、何度の反復の後だったか。
思い出せないとしたら、それ自体が答えです。
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