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算数が苦手なんじゃない。「算数以前」が足りないだけだ

2026/5/29

成績が伸び悩む5年生の保護者と話すと、だいたい同じ言葉が出てくる。

「うちの子、算数が苦手で」

でも話を聞いていくと、多くの場合、問題は算数そのものではない。計算ミスが多い、時間が足りない、途中で焦って問題を読み飛ばす。これらは算数の理解不足ではなく、算数を解くための「基礎体力」が足りていないことから来ている。

野球で言えば、バッティングフォームを直す前に、体幹と走力を鍛えなければならない段階にある。そこにきれいなスイングを教えても意味がない。

上位クラスの子は何が違うのか

中学受験の組み分けテストは、一般的に50分で行われる。

上位クラスに在籍する生徒の多くは、このテストを35分前後で解き終える。残りの15分は見直しに使う。

これを聞いて「頭の回転が速いから」と思う保護者が多い。違う。

彼らが速いのは、問題を解く思考速度ではなく、それ以前の作業速度だ。問題文を読む速度、条件を整理する速度、図や表を紙に書き起こす速度。こういった「算数の思考に入る前の準備動作」が、中堅クラスの生徒と比べて圧倒的に速い。

極端な例を出すと、上位クラスの生徒が線分図を書くとき、手がほとんど見えない。シャッシャッと音がして、気がつくと図が完成している。これは誇張ではない。本当にそういう速度で動く。

一方で中堅クラスの生徒が同じ図を書くとき、定規で丁寧に線を引こうとしたり、一度書いて消してまた書いたりする。この差が、50分という制限時間の中で取り返しのつかない差になっていく。

時間がないから焦る、焦るからミスする

「うちの子、ケアレスミスが多くて」という相談も頻繁に受ける。

ケアレスミスの多くは、注意力の問題ではない。時間の問題だ。

テスト終盤になって時間が足りなくなると、子供は焦る。焦ると問題文を最後まで読まずに解き始める。「食塩水の量」を答えるべき問題で「食塩の量」を答えてしまう。「何番目」を聞かれているのに「いくつ」を答えてしまう。こういったミスは、問題をしっかり読めば防げるのに、時間的な余裕がないから起きる。

逆に言えば、35分で解き終わる子にとってケアレスミスは別の話になる。15分の見直し時間があれば、自分の答えを落ち着いて確認できる。問題文の読み間違いも、この段階で拾える。

結局、ケアレスミスの根本原因は「作業が遅いこと」だ。注意力を高めようとする前に、作業スピードを上げることが先決になる。

計算力が上がると、すべてが変わる

作業スピードの中核にあるのが計算力だ。

計算力と聞くと、難しい計算を暗算でできることだと思われがちだが、僕が言う計算力はそこではない。基本的な計算を、ミスなく、速くこなせること。それだけだ。

目安を言うと、公立小学校のクラスの中で計算力がトップ5に入るレベル。中学受験をしていない子も含めた中で、最も速い部類に入る計算力が、中受では求められる。

これだけ聞くと「そんなに必要なの?」と思うかもしれない。でも理由は明快だ。

計算力が上がると、宿題の1周目が速く終わる。速く終われば、同じ問題を2周、3周できる。上位クラスの生徒に宿題を何周するか聞くと、「最低3周」という答えが返ってくる。1周やって終わりにしている生徒とは、同じ1週間で積み上げる定着量がまったく違う。

1周しかできない生徒が「演習量が足りない」と感じるのは、実は計算力の問題だ。時間がないのではなく、1周に時間がかかりすぎているだけだ。計算力を上げることが、演習量の問題を解決する。

「算数以前」の体力がある子の話

以前担当した生徒で、こういう子がいた。

計算量の少ない単元のテストで好成績を出した。解き終わるまで30分もかかっていないと言う。残り時間が余って暇だったので、全パターンを書き出して全問確認したそうだ。

その手法が正攻法かどうかはさておき、「全パターン書き出せる時間的余裕がある」という事実が重要だ。作業スピードと計算力があると、テストの途中でこういう判断ができる。難しい問題に詰まっても、別の方向から力技で確認する時間を作れる。

逆に言えば、時間に余裕がない子はこの選択肢自体が存在しない。解き方が分からない問題に詰まったら、そこで終わりだ。

算数の思考力は同じでも、作業スピードが違うだけで、試験中に使える戦術の数がまったく異なる。

「算数以前」をどう鍛えるか

では具体的に何をするか。

計算力の強化は地道だ。2桁×2桁程度までの計算を、暗算でミスなくできるまで繰り返す。タイムを計って前回より速くすることを意識する。この訓練は派手ではないし、即効性もない。でも1ヶ月単位で続けると、宿題にかかる時間が目に見えて変わってくる。

次に、筆算と暗算の使い分けだ。安易に暗算に頼るのをやめ、自分でこれは暗算で大丈夫か筆算すべきかを判断させる。暗算で処理した後は、必ず暗算で検算する習慣をつける。この「判断と検算」のセットが、ミスを減らしながら処理速度を維持することにつながる。

図や表の書き方は、最初に徹底的に型を作る。線の引き方、数字の置き場所、表の縦横の並べ方。これを毎回同じ手順でやれるようにする。考えなくても手が動く状態になると、図を書く時間が大幅に短縮される。

「算数が苦手」という診断が間違っている理由

かつて上位クラスに在籍していた子が、習慣の乱れや長期休暇での定着不足から中堅クラスに落ちることがある。

こういう子を「算数が苦手になった」と診断するのは間違いだ。

算数の概念理解が急に落ちることはない。失われているのは、計算の精度と作業スピードだ。一度身についた思考力はそのままある。「算数以前」の基礎体力が落ちているだけなので、そこを立て直せばクラスに戻れる。

「算数が苦手」という言葉は、問題の所在を曖昧にする。苦手なのは算数ではなく、計算精度か、作業速度か、定着量か。どれかを特定して直す。それだけの話だ。

親が明日できること

まず子供のテスト用紙を一枚取り出して、時間配分を確認してほしい。最後の問題まで到達できているか。途中で時間切れになっているとしたら、どのあたりで詰まっているか。

時間切れが常態化しているなら、算数の概念より先に「算数以前」を疑う。計算に時間がかかっていないか。図を書き直す回数が多くないか。このどちらかであれば、鍛えるべきは処理速度だ。

思考力系の問題集を増やす前に、計算練習を1日10分入れる。地味だが、これが一番確実に「算数以前」を底上げする。

中学受験の算数は、最終的には思考力の勝負になる。でもその土台には、算数以前の処理速度という基礎体力がある。土台のない建物は、どれだけ上を積み上げても揺らぐ。

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