解法暗記はダメ、は本当か——チャート式と中学受験の奇妙な矛盾
「解法暗記はダメです」
塾の先生も、受験本の著者も、YouTubeの中学受験インフルエンサーも、判で押したようにこう言う。考える力を育てましょう。解法を丸暗記するだけでは応用が利きません。理解を深めることが大切です。
僕はこれを聞くたびに、ひとつの疑問が頭をもたげる。
じゃあ大学受験は何なんだ、と。
チャート式は「解法暗記」の塊である
青チャートを開いたことがある人なら分かるはずだ。あの本の使い方は、基本的に「例題を繰り返し解いて、解法を血肉化する」である。解説を読んで、手を動かして、何も見ずに再現できるまでやり込む。それがチャート式の正しい使い方だ。
東大・京大・医学部を目指す高校生が全員やっている方法が、解法暗記である。
なのに中学受験の算数では、同じことをやると「考える力が育たない」と言われる。
この矛盾を、誰も正面から語らない。
「解法暗記がダメ」という言説の正体
結論から言う。解法暗記はダメではない。暗記の密度が足りないだけだ。
もう少し丁寧に言い直そう。世間で「解法暗記はダメ」と言われている状態とは、実際には「解法を表面的になぞっただけで、血肉化できていない状態」のことを指している。問題が提起している。批判されているのは暗記という行為そのものではなく、暗記しきれていないことだ。
典型的な失敗パターンはこうだ。
問題を見る。解説を読む。なるほど、と思う。ノートに写す。「分かった」と感じる。次のページへ進む。
そして翌週、同じ問題が出る。解けない。
これは暗記したのではなく、理解した気になっただけだ。チャート式を正しく使っている受験生は、例題を「なるほど」で終わらせない。何も見ずにスラスラ書けるまで、繰り返す。それが「血肉化」である。
解法丸写しの何が問題なのか
「うちの子、宿題の実践問題が解けなくて、答えを丸写しになってしまっています」
保護者面談でよく聞く言葉だ。これを聞いた時に「解法暗記がダメな証拠だ」と思う人は、問題の所在を間違えている。
丸写し自体は、悪ではない。問題は、丸写しした解法が「使えるレベルまで定着していない」ことだ。
解法を写した。それを見ずに再現できるかどうか確認した。できなかった。また写した。できるまでやった——これが本来の流れだ。ほとんどの子供はここを省略している。写して、終わり。1回写せば「やった」になっている。
1回写しただけで定着するのは、よほど記憶力が鋭い子だけだ。平均的な小学生には、反復が必要だ。反復の量が足りないから、ちょっとひねった応用問題で詰まる。「解法暗記はダメ」と言われる現象の正体は、ほぼ全てここに集約される。
「考える」と「解法を使う」は矛盾しない
もう一つの誤解を解いておく。解法を覚えることと、考えることは、対立しない。
例えば、線分図の書き方を反射的に引き出せるようになった子供は、問題文を読みながら同時に図を書ける。手が先に動く状態だ。これが「考える」出発点になる。
逆に、線分図の書き方自体を毎回「どうだっけ」と思い出しながら描いている子は、手順を思い出すことに認知的リソースを全部使ってしまい、問題の構造を考える余裕がない。
解法が血肉化されていない子に「もっと深く考えなさい」と言っても意味がない。考えるための道具が手に入っていないからだ。
「解法暗記がダメ」は誰に向けた言葉か
最後に、この言説がなぜ繰り返されるかを考えてみる。
「解法暗記で乗り切ろうとする子」というのは実在する。問題の構造を一切理解せず、パターンだけで力任せに解こうとするタイプだ。でもそれは、上位の子供たちの話だ。偏差値65以上の層が「もっと本質的に理解しないと最難関には届かない」という文脈で語られる言葉が、そのまま偏差値50の家庭に流れ込んでくる。
偏差値40台・50台の子供が解法暗記で詰まっているのは、「暗記しすぎているから」ではない。「全然暗記できていないから」だ。
世間の受験アドバイスの大半は、よく伸びる子供の勉強スタイルを後から観察して記述したものだ。できる子は自然に深く理解する。だからといって、深く理解することが成績を上げる原因なのかは別の話だ。
処方箋を間違えないでほしい。今やるべきことは、解法をとにかくやり込んで、問題を見た瞬間に手が動くレベルまで定着させることだ。それが終わってから「もっと深く考える」は始まる。
順番を間違えると、基礎ができていないまま「思考力」を鍛えようとして、何年も空回りする。見ていると分かる。その家庭の子供は、いつも難しそうな顔をして、答案用紙は白いままだ。
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