いわわき オンライン家庭教師 残り7枠

ご覧頂き、ありがとうございます!! できるだけ多くお伝えしたいので、読み疲れするほどの長文...
本人確認済

オンライン指導コース

オンライン指導コース

14コース

基本情報

基本情報

学歴

大阪府枚方市立中宮中学卒業 大阪府立枚方西高校卒業 (現在は統合されています) 滋賀大学教育学部卒業

指導/合格実績

自己紹介

自己紹介

ご覧頂き、ありがとうございます!! できるだけ多くお伝えしたいので、読み疲れするほどの長文になっています。 ご興味のある項目から読めるように目次をつけておきます。 My Profile 目次 (1) 自己紹介 (2) 教育の道に進んだきっかけ (3) 講師としての信念 (4) 講師経歴 下記内容はブログに書いていますので、ぜひそちらもご覧ください。 ★指導法について(目標の「見える化」) ★授業の特徴(オンライン授業+ノート画像の提供) (1)自己紹介 はじめまして、いわわきです。宜しくお願い致します。 🔶 性格:とても陽気で、やたら元気です(^-^) よく笑います。 🔶 仕事中は「授業」と「生徒さん」のことしか考えていません。 生徒さんによって、そして同じ生徒さんでもそのときそのときによって、必要とされる授業やアドバイス、接し方はちがいますので、やはり私のキャラクターも少し変わりますが、生徒さんが緊張するタイプではありません。 🔶オフのときは、二人の娘にべったりのパパです。 🔶スポーツが好きです。今は大谷翔平選手に夢中です(^-^) 🔶動物も大好きですが、ヘビは怖いです。 🔶若い頃は長期休暇になると一人で海外を回るバックパッカーでした。 🔷両眼先天性緑内障・白内障という少し珍しい病気をもって生まれました。左眼は視神経が滅んでいるので生まれつき見えません。手術回数も多く左眼は黒目部分にもメスが入っているため、義眼(光彩)コンタクトをつけています。右眼は見えています。今まで二度、右眼も失明の危機がありました。一度目が高校1年生から2年生になるときの春休みから夏休み、二度目は10年ほど前。  これを書いたのは、一度目が「勉強を始めたきっかけ」、二度目が「最初の集団塾を閉じた理由」だからです。   (2) 教育の道に進んだきっかけ(勉強をした理由)  私は塾に通うどころか、家でも教科書を開かないような子どもで、進学した高校も地域で一番偏差値の低い公立高校です。勉強をしたきっかけは、(1)の自己紹介で書いた一度目の失明の危機のときの主治医の先生のお言葉。 「君の眼を治す医療は、君が生きている間はおそらくみつかりません。いつか見えなくなる日がくると考えて生きなさい。目が見えなくなってもちゃんと生きていけるように、今は勉強しなさい。世の中から必要とされる人になって自分で自分を守りなさい。」という言葉に、感動3割、恐怖7割で勉強を始めました。  教育学部に入学したのも、第一志望の大学には届かず、自宅から通えそうな滑り止めの国立大学が教育学部だった、というだけです。  ただ、「お医者さんにはなれないけど、人の役には立ちたい」とは思っていました。  大学での部活動とアルバイトで通学が難しくなったときに、「住み込み可」の文字があった学習塾に住み込み、通ったこともない塾で何もわからないままに塾講師を始めました。そして、そのときの生徒さん、親御さんから、ありがたいお言葉やとてもうれしい経験をいくつもいただきました。  本当にうれしくて、もっと上手に教えたい、わからなければわかるまで教えたい、点数が悪くて言いにくそうにしている子たちに次こそはもっといい点数を取って笑ってほしい…  そんな毎日の連続を続けているうちに、今に至るまでこの仕事をやっています。  私はこの仕事が大好きですので、これからもずっとこの仕事を続けていきたいと思っています。 (3)講師としての信念 (2)で書いた思いのまま、私はこの仕事を続けています。そのために毎日精一杯授業をし、常に教務力を上げる努力をしてきました。  対象学年と指導科目が多いのは、その結果です。  これからも、もっと生徒さんの可能性を伸ばせるように、新たな指導法、よりよい教え方を身に着けていく努力をしていきます。  また、私は生徒さんがいてくれるから先生でいられます。  私を先生と呼んでくれる生徒さん、私にお子様を教えさせてくださる親御さんへの感謝を忘れず、ご期待に応えられるようによりよい講師を目指していきます。  最後に、(1)の自己紹介でも書きましたが、私は治らない病気をもって生まれました(今の医療技術なら同じ病気でも予後がよくなるケースが増えています!!)。  今まで私を担当してくださったお医者様ほどのことはできませんが、「成績を上げたい」という思いをもつ生徒さんに対して、こちらからあきらめることだけは致しません。  「教育のプロ」と名乗っている理由は、その決意です。 (4)講師経歴 *学生時代、塾講師になる。 *より時給の高い中規模塾・大手予備校で非常勤講師として勤務。 *大手塾がS特進クラスを立ち上げる際の引き抜きを受け正社員として就職。  本校勤務。国語科グループ教務主任、中学生学年主任を担当。  国語科教務主任として、グループ模試・講習教材作成責任者、京都府公立高校入試テレビ解説などを担当。  学年主任として三年間で学年人数300人を達成し、本校から赤字教室の分校へ教室長として勤務 *1年目で黒字化、2年目から会社企画として、フランチャイズ経営者として塾経営開始。 *2年間フランチャイズ経営をした後、退職。同地域に集団塾を開設し、13年間経営。  持病が悪化、右眼も見えなくなり、手術してくれる病院が見つからなかったため、翌年の閉校を決意。7か月後、手術は成功し視力回復。 *閉校処理の後、大阪府の小規模予備校兼学習塾に就職。半年間、教室長として勤務。 *就職先の教室閉鎖にともない退職。  教室閉鎖を伝えた生徒さんの保護者様から、資金貸出するから娘が3年間通うために塾を開いてほしいと依頼を受け、急遽半月間の準備で集団塾を開校。(正直、来て半年のサラリーマンに対してのこの提案には驚きました… 最初は京都の塾を閉じた精神的な疲れがありお断りしましたが、自分を信じてくださった言葉、そして新中3生になる8人の子どもたちの顔と「先生に教えてほしい」という手紙。もう一度、集団塾を経営しようと決意しました。) *大阪府で、定員制集団指導学習塾を開校。7年間経営。 *コロナ緊急事態宣言をきっかけに、オンラインでは満足のいく集団指導が難しいと感じ、2021年度3月末で集団塾を閉校。 *マナリンクさんにてオンライン家庭教師登録。現在に至る。 (5)指導法について  下記、いずれのご希望に対してもマナリンクさん登録コースでお選びいただけます。 (指導形式) 【目標達成型】→すでに具体的に決まっている目標に向かって指導計画を立て進んでいく授業 【成績向上型】→今は明確な目標は決まっていないが日々の学習で成績を上げていく授業 【質問対応型】→学校や塾の予習や復習のために一つ一つの問題に質問対応をする授業 (指導科目) 【単科受講】→苦手・得意科目に絞った1科目の授業 【複数受講】→2科目以上をまとめて担当する授業 お読み頂き、ありがとうございました。 私を選んでいただければ全力で指導いたします。 ぜひ、無料体験をお申し込みください。

ご覧頂き、ありがとうございます!! できるだけ多くお伝えしたいので、読み疲れするほどの長文になっています。 ご興味のある項目から読めるように目次をつけておきます。 My Profile 目次 (1) 自己紹介 (2) 教育の道に進んだきっかけ (3) 講師としての信念 (4) 講師経歴 下記内容はブログに書いていますので、ぜひそちらもご覧ください。 ★指導法について(目標の「見える化」) ★授業の特徴(オンライン授業+ノート画像の提供) (1)自己紹介 はじめまして、いわわきです。宜しくお願い致します。 🔶 性格:とても陽気で、やたら元気です(^-^) よく笑います。 🔶 仕事中は「授業」と「生徒さん」のことしか考えていません。 生徒さんによって、そして同じ生徒さんでもそのときそのときによって、必要とされる授業やアドバイス、接し方はちがいますので、やはり私のキャラクターも少し変わりますが、生徒さんが緊張するタイプではありません。 🔶オフのときは、二人の娘にべったりのパパです。 🔶スポーツが好きです。今は大谷翔平選手に夢中です(^-^) 🔶動物も大好きですが、ヘビは怖いです。 🔶若い頃は長期休暇になると一人で海外を回るバックパッカーでした。 🔷両眼先天性緑内障・白内障という少し珍しい病気をもって生まれました。左眼は視神経が滅んでいるので生まれつき見えません。手術回数も多く左眼は黒目部分にもメスが入っているため、義眼(光彩)コンタクトをつけています。右眼は見えています。今まで二度、右眼も失明の危機がありました。一度目が高校1年生から2年生になるときの春休みから夏休み、二度目は10年ほど前。  これを書いたのは、一度目が「勉強を始めたきっかけ」、二度目が「最初の集団塾を閉じた理由」だからです。   (2) 教育の道に進んだきっかけ(勉強をした理由)  私は塾に通うどころか、家でも教科書を開かないような子どもで、進学した高校も地域で一番偏差値の低い公立高校です。勉強をしたきっかけは、(1)の自己紹介で書いた一度目の失明の危機のときの主治医の先生のお言葉。 「君の眼を治す医療は、君が生きている間はおそらくみつかりません。いつか見えなくなる日がくると考えて生きなさい。目が見えなくなってもちゃんと生きていけるように、今は勉強しなさい。世の中から必要とされる人になって自分で自分を守りなさい。」という言葉に、感動3割、恐怖7割で勉強を始めました。  教育学部に入学したのも、第一志望の大学には届かず、自宅から通えそうな滑り止めの国立大学が教育学部だった、というだけです。  ただ、「お医者さんにはなれないけど、人の役には立ちたい」とは思っていました。  大学での部活動とアルバイトで通学が難しくなったときに、「住み込み可」の文字があった学習塾に住み込み、通ったこともない塾で何もわからないままに塾講師を始めました。そして、そのときの生徒さん、親御さんから、ありがたいお言葉やとてもうれしい経験をいくつもいただきました。  本当にうれしくて、もっと上手に教えたい、わからなければわかるまで教えたい、点数が悪くて言いにくそうにしている子たちに次こそはもっといい点数を取って笑ってほしい…  そんな毎日の連続を続けているうちに、今に至るまでこの仕事をやっています。  私はこの仕事が大好きですので、これからもずっとこの仕事を続けていきたいと思っています。 (3)講師としての信念 (2)で書いた思いのまま、私はこの仕事を続けています。そのために毎日精一杯授業をし、常に教務力を上げる努力をしてきました。  対象学年と指導科目が多いのは、その結果です。  これからも、もっと生徒さんの可能性を伸ばせるように、新たな指導法、よりよい教え方を身に着けていく努力をしていきます。  また、私は生徒さんがいてくれるから先生でいられます。  私を先生と呼んでくれる生徒さん、私にお子様を教えさせてくださる親御さんへの感謝を忘れず、ご期待に応えられるようによりよい講師を目指していきます。  最後に、(1)の自己紹介でも書きましたが、私は治らない病気をもって生まれました(今の医療技術なら同じ病気でも予後がよくなるケースが増えています!!)。  今まで私を担当してくださったお医者様ほどのことはできませんが、「成績を上げたい」という思いをもつ生徒さんに対して、こちらからあきらめることだけは致しません。  「教育のプロ」と名乗っている理由は、その決意です。 (4)講師経歴 *学生時代、塾講師になる。 *より時給の高い中規模塾・大手予備校で非常勤講師として勤務。 *大手塾がS特進クラスを立ち上げる際の引き抜きを受け正社員として就職。  本校勤務。国語科グループ教務主任、中学生学年主任を担当。  国語科教務主任として、グループ模試・講習教材作成責任者、京都府公立高校入試テレビ解説などを担当。  学年主任として三年間で学年人数300人を達成し、本校から赤字教室の分校へ教室長として勤務 *1年目で黒字化、2年目から会社企画として、フランチャイズ経営者として塾経営開始。 *2年間フランチャイズ経営をした後、退職。同地域に集団塾を開設し、13年間経営。  持病が悪化、右眼も見えなくなり、手術してくれる病院が見つからなかったため、翌年の閉校を決意。7か月後、手術は成功し視力回復。 *閉校処理の後、大阪府の小規模予備校兼学習塾に就職。半年間、教室長として勤務。 *就職先の教室閉鎖にともない退職。  教室閉鎖を伝えた生徒さんの保護者様から、資金貸出するから娘が3年間通うために塾を開いてほしいと依頼を受け、急遽半月間の準備で集団塾を開校。(正直、来て半年のサラリーマンに対してのこの提案には驚きました… 最初は京都の塾を閉じた精神的な疲れがありお断りしましたが、自分を信じてくださった言葉、そして新中3生になる8人の子どもたちの顔と「先生に教えてほしい」という手紙。もう一度、集団塾を経営しようと決意しました。) *大阪府で、定員制集団指導学習塾を開校。7年間経営。 *コロナ緊急事態宣言をきっかけに、オンラインでは満足のいく集団指導が難しいと感じ、2021年度3月末で集団塾を閉校。 *マナリンクさんにてオンライン家庭教師登録。現在に至る。 (5)指導法について  下記、いずれのご希望に対してもマナリンクさん登録コースでお選びいただけます。 (指導形式) 【目標達成型】→すでに具体的に決まっている目標に向かって指導計画を立て進んでいく授業 【成績向上型】→今は明確な目標は決まっていないが日々の学習で成績を上げていく授業 【質問対応型】→学校や塾の予習や復習のために一つ一つの問題に質問対応をする授業 (指導科目) 【単科受講】→苦手・得意科目に絞った1科目の授業 【複数受講】→2科目以上をまとめて担当する授業 お読み頂き、ありがとうございました。 私を選んでいただければ全力で指導いたします。 ぜひ、無料体験をお申し込みください。

趣味

映画鑑賞・旅行 何よりも、二人の娘たちと過ごすのが趣味です。 運動や絵が得意です。けっこう飛んだり走ったりできます。

先生のブログ | 全2

先生のブログ

2