使える英語とは
英文を正しく理解できているか確かめる唯一の方法は、我々日本人の場合、英文中に込められた情報を洩れなく全て正確に取り出せていながらも、日本語として読んでいて抵抗の全くない美しい日本語になっているかどうかです。日本語として読んでいて変な感じがしたり、読んでいて何を言っているのか頭にすっと入ってこない英文和訳は、必ず、英文の構造把握に問題があるのです。
世間に出回っている翻訳本を読んでいて内容が何だかすっと入ってこない感じがする。こんな体験のある人は多いのではないでしょうか?その場合、哲学書などの場合は特に、その原因は自分の知的レベルの低さにあるものとの把握で済ませることが多いでしょう。が、実は問題は翻訳の質の方にあるのです。日本にはインチキ教養人がはびこっていて、それらの劣悪翻訳本を延々と生産し続けている。これが紛れもない実態です。
私は若い頃にカント研究をしていましたが、その過程で自然と、翻訳に頼る際には提示された誤訳に満ちた和文から、誤訳の一般的なパターンを考慮に入れつつ元の独文を復元し、その独文を更に正しい日本文に翻訳し直して理解するという技術が身につきました。
上に述べたような事情は実は、哲学書に限定されません。むしろ、小説の翻訳の方が、哲学書以上の酷い状況になってしまっています。現状の翻訳本を読んで「感動した」などと言って、原書に宿るその作品の精神を把握しきったつもりになり、全く苦悩しないで済ましてしまう人が多い。これこそ問題として把握されるべきなのです。
英文和訳は、ほぼ日本語だけが世界中の他の多くの言語と基本構造が全く異なるということもあって、例えば英文独訳や英文仏訳などとは比べ物にならないくらいに複雑な思考を必要とする、そんな高度な知的作業なのです。つまり、人間が本物の教養を培うのに最適な場所のひとつにも偶然なり得ている。この意味でも、英語教育の中心には英文和訳が来べきなのです。例えば京大入試から英文和訳が消えない理由はそこにあります。
使える英語と言えば、流暢な英会話のことを連想しがちですが、会話だけがコミュニケーションではないし、コミュニケーションの価値がコミュニケーションを行う双方の精神レベルの高さと内容の深さによって決まる面があること。更には、偉大な精神との邂逅の確率が古典読解による「コミュニケーション」の場合に遥かに高くなること。これらのことを考慮に入れると、使える英語とは巧みな英文和訳の能力のことと捉えることにも、十分な意義が認められるべきなのです。
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