日本人の子供だけが無反応だった——747のコックピットで見た「英語が話せない本当の理由」
本当の英語力とは何か

——ジャンボジェットのコックピットで、私が何百回も目撃した「決定的な差」
もう30年以上前の話です。
当時、私は英国航空(ブリティッシュ・エアウェイズ)に勤めていました。今では想像もつかないでしょうが、あの頃はどの航空会社でも、飛行中のフライトデッキ——いわゆるコックピットへ、お客様をご案内することが許されていました。私どもも例外ではなく、ヨーロッパの方、アメリカの方、日本の方、時にはアフリカの王族の方まで、実にさまざまなお客様をお迎えしていました。
私がオペレートしていたのは、ボーイング747-436。いわゆるジャンボジェットです。
コックピットの扉が開いた瞬間、そこに広がるのは想像を超えた世界です。視界いっぱいの計器群。青白く発光する六面のディスプレイ。頭上にも、足元にも、手の届く範囲すべてに並ぶスイッチの海。そして何より、風防ガラスの向こうに広がる、高度一万メートルの光景。雲の絨毯、はっきりと湾曲した地平線、夜であれば眼下に散らばる街の灯り。
お客様は、ほぼ例外なく、声を上げました。
「Oh my God!」「Wow, look at this!」「Incredible!」
言葉にすらなっていない歓声もありました。息を呑む音。思わず漏れる笑い声。国籍も、人種も、年齢も関係ありません。ヨーロッパの子供も、アメリカの子供も、王族のお子様も、目を輝かせて身を乗り出し、そして必ず質問をしてきました。「これは何?」「どうやって曲がるの?」「怖くないの?」
ただ一つだけ、例外がありました。
日本人の子供です。

日本の子供たちは、コックピットに入っても、表情ひとつ変えませんでした。歓声も上げない。質問もしない。ただ直立不動で、緊張した面持ちで、じっと立っている。私が「どう? すごいでしょう?」と声をかけても、小さく頷くだけ。そして必ず、親御さんの顔をちらりと見るのです。
今でも忘れられない場面があります。ある便で、六歳くらいのアフリカのお子様が入ってこられたことがありました。その子は扉が開いた瞬間に「Is this real?!」と叫び、機長に向かって矢継ぎ早に質問を浴びせ、最後には「僕もパイロットになる」と宣言して降りていきました。その二便あとに来られた同年代の日本のお子様は、同じ景色を前にして、ひと言も発しないまま、三分間じっと立っていました。
一度や二度ではありません。何百回と、私は同じ光景を見続けました。
そのとき、私は確信しました。——ああ、これは英語の問題ではない、と。
感動しなかったのではない。「出せなかった」のです
誤解しないでいただきたいのですが、あの子供たちが何も感じていなかったわけではありません。むしろ逆でしょう。747のコックピットに立って、心が動かない子供などいるはずがない。
問題は、内側に湧き上がったものを、外に出す回路が、すでに閉じられていたことです。
10歳にも満たない年齢で、彼らはもう完璧に学習していました。「知らない大人の前では静かにしていなさい」「人様にご迷惑をかけてはいけません」「そんなにはしゃぐと恥ずかしいでしょう」「ちゃんとしなさい」。
一つひとつは、決して悪意のある言葉ではありません。むしろ日本社会を生きていくための、深い親心から出た教育です。私自身、その気持ちは痛いほどわかります。
けれど、その積み重ねが何を作り上げるか。
自分の内側で起きた反応を、そのまま外に出してはいけない、という身体の癖です。
そしてこれこそが、10年後、20年後に彼らが「英語が話せない」と苦しむ最大の理由になります。
英語力の正体は、単語数でも文法でもなく「反応速度」である

長く英語を教えてきて、はっきり言えることがあります。
英語が使える人と使えない人を分けているのは、語彙数でも、文法知識でも、TOEICのスコアでもありません。
相手の言葉に対して、何かを返すまでの速度です。
会話とは、反応の連鎖です。相手が何かを言う。それに対して自分の中で何かが動く。その動いたものを、不完全でもいいから即座に音にして返す。この往復が続くことを「会話ができる」と呼びます。
ところが、反応を出すことを長年抑制されてきた人は、ここで必ず止まります。何かを感じている。言いたいことも実はある。けれど「正しい表現が組み上がるまで待とう」「間違えたら恥ずかしい」「今この場面で発言していいのだろうか」——その0.5秒の逡巡が積み重なり、結局、沈黙します。
これを英語力不足だと勘違いして、また単語帳を買いに行く。文法書をもう一冊増やす。しかし何も変わらない。当然です。壊れているのは知識ではなく、出力の回路なのですから。
私は英国航空で17年間、英国人の同僚たちと日々英語で働いてきました。そこで痛感したのは、会議で評価されるのは英語が上手い人ではなく、まず口を開く人だという冷徹な事実です。完璧な文法で三十分後に発言する人より、拙い英語で三秒後に「I think—」と言い出す人のほうが、議論の中心に座る。これは能力の差ではなく、育ってきた過程で身につけた反射の差です。
私がコックピットで見たあの光景は、20年後の英語コンプレックスの、最も早い段階の姿だったのです。
しかし、ここからが本題です
30年前の私は、正直に言えば「これでは日本人は敵わない」と半ば絶望していました。
ですが、今の私は違う結論を持っています。
なぜなら、あれは生まれつきの性質ではなく、後天的に身につけられたものだからです。人種の問題でも、遺伝の問題でも、まして日本語という言語の問題でもない。ただ単に、そう振る舞うように育てられただけなのです。
後天的に身についたものは、後天的に外せます。
そして、その鍵を握っているのは、学校でも塾でもなく、ご家庭です。40代・50代の親御さんが、今日から変えられることがあります。
明日から家庭でできる、四つのこと

一つ目。子供の「わあ!」を、絶対に否定しない。
公共の場で騒ぐことを許せという話ではありません。感嘆の声そのものを叱らない、ということです。「うるさい」「静かに」の代わりに「本当だね、すごいね」と一度受け止める。この一往復があるかないかで、10年後の出力回路はまるで違うものになります。
二つ目。親自身が、先に反応してみせる。
子供は親の背中しか見ていません。美しい景色を見たとき、旨いものを食べたとき、親が黙って頷くだけの家庭で育った子供は、黙って頷く大人になります。まず親が声に出す。恥ずかしがらずに。
三つ目。家庭から「間違えたら恥ずかしい」を消す。
英語学習における最大の敵は、文法の複雑さではなく羞恥心です。間違えた瞬間に訂正するのではなく、まず「言えたこと」を評価する。訂正は、その後で十分間に合います。
四つ目。「どう思った?」を口癖にする。
正解のない問いを、日常的に投げてください。映画でも、ニュースでも、夕食のメニューでもいい。自分の意見を言語化して差し出す訓練は、英語力の土台そのものです。日本語でできないことは、英語では絶対にできません。
30年越しの答え合わせ
あのコックピットに立った日本の子供たちは、今ごろ40代になっているはずです。
彼らのうちの何人が、国際的な舞台で自分の言葉を持てているだろうか——そう考えると、今でも胸が痛みます。
しかし同時に、こうも思うのです。もしあのとき、隣にいた親御さんが「すごいわね!」と一言、声に出してくれていたら。もしその子が、たった一つでも「これは何?」と質問できていたら。その子の人生は、確実に違う軌道を描いていたはずだと。
本当の英語力とは、辞書に載っている知識の量ではありません。
自分の内側に湧いたものを、間違いを恐れず、そのまま世界に差し出す力のことです。
その力は、単語帳ではなく、ご家庭の食卓で育ちます。そして幸いなことに、それは何歳からでも取り戻せます。私はこれまで、高校三年生になってから殻を破り、驚くほどの速度で英語を「使える」ようになった生徒を何人も見てきました。回路は閉じているだけで、消えてはいないのです。
お子様の「わあ!」を、どうか今日、守ってあげてください。
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