現役国語教員が選ぶ!『源氏物語』女性推しキャラ4選~自立する平安女性たち~
「源氏物語」って聞くと、ちょっと難しそう…とか、大人の恋愛の話ばかり?と思う方も多いかもしれません。
実際に学校の授業で出てきても「文学史で絶対に覚えさせられる古典」というイメージになりがちですよね。
でも実は『源氏物語』の中には、平安時代には珍しかった「自分の生き方を選ぶ女性たち」がたくさん登場します。
『源氏物語』を何度も通読してきた中で、私が特にピックアップしたい女性たちは朝顔・玉鬘・女三宮・浮舟の4人。彼女たちに共通しているのは、貴族女性たちにとって至上の価値観であった「結婚」や「男性に身をゆだねる人生」を絶対視せず、自らの信念を持っている点です。
ときに独身を貫き通したり、ときに幼少期の辛い過去の先にさらに煩悶したり、ときに出家して仏門に入る道を選んだり――心理的な紆余曲折を経ながらも、自分なりの生き方を切り開いていきます。
こうした古典の中の女性像を知ると、「昔の人も悩みながら、自分の道を選んでいたんだ」と親しみが湧いてきます。
そして読書を通じて、私たち読者も「一回限りの人生を、自分はどう悔いなく生きたいか」を考えるきっかけにできるんです。
源氏物語を、単なる「王朝ロマンスもの」として読むのはもったいない!
今回の記事では、親子で楽しめる「人生のヒント集」をお届けします。
1️⃣朝顔~誇り高き神の使いとしての生~
朝顔は、源氏のいとこにあたる関係性。家柄もしっかりしていたため、少女期から源氏のお嫁さん候補として父親・桃園式部卿からも期待されていました。
しかし、朝顔は「斎院(さいいん)」(神に仕える未婚の天皇家系の女性)を勤めることに。任職中は恋愛はタブーにもかかわらず、源氏からの猛アプローチは止まらなかったのです😱
もはやストーカー級とも言える執念ですが、斎院の任を解かれてからも、朝顔は決して源氏になびくことはありませんでした。朝顔も源氏に恋心を秘めてはいたものの、彼に振り回されてひどい目に遭ってきた女性たち(例:六条御息所)を多く見てきていました。
そのため、思慮深い彼女は「自分は絶対にそうはなるまい」と心を鬼に塩対応を続けました。
朝顔の塩対応ぶりは、源氏の「二人で過ごしたあの秋のことが忘れられないヨ😍」という和歌に対し、
「どの秋のことだか私にはさっぱりですわ🥱」を贈り返したことからもうかがえます(「賢木」巻十)。
親族やお付きの女房たちの声に流されず、「自分は自分」と独身を貫く姿には潔さすら感じます。
誰にでも合わせるのではなく、自分の価値観を大切にする勇気。
SNSによって何かと承認欲求や周囲との比較に振り回されがちな現代の私たちが学ぶべき誇り高さが、朝顔には備わっていました。
2️⃣玉鬘~波乱の中でも立ち上がる強さ~
次にご紹介するのは「玉鬘(たまかずら)」です。玉鬘とは、玉を数珠上にたくさん付けた髪飾りのこと。
源氏が若かりし頃、彼の親友でありライバルでもある「頭中将」の愛人・夕顔と、秘密の恋をはぐくんでいました。
しかし夕顔は、悪霊に取りつかれてしまったうえに、頭中将との幼い娘を遺して急死。
以来源氏は、夕顔との恋愛を恋しく思い出しつつ青年期まで後悔し続ける日々を送っていました。
ところが、夕顔の一人娘・玉鬘は無事に九州で生存していたことが発覚。夕顔の優美さと頭中将の血筋の貴女らしさがミックスされた玉鬘のもとには、当然求婚者が絶えませんでした。
どうにかして実父・頭中将に会わせようと、乳母一家は玉鬘と京へ渡り、源氏の六条院にたどり着きます。
…しかし、ここからが玉鬘にとって本当の試練なのでした。
さて、源氏はというと、もちろんかつての恋人・夕顔の娘と再会できたことに大喜び。
玉鬘を自邸に迎え、「親」という体裁をとりつつも、自らの恋心を抑えきれず、なんとスキンシップを試み出します。
男女の関係になる手前でおしとどまるも、求婚者の公達が続々と玉鬘への恋の悩みに陥ってゆくのを見て楽しんでは、
「こんなに深~い愛でキミを包み込んでる男は、ボク以外いないヨ😘」
と爆弾発言を放ちます(ここ、与謝野晶子訳では「変態的な理屈である」と言われているのはなかなかシュールです。)
求婚者・蛍の宮が来ると玉鬘のそばで蛍を放つ源氏。蛍の宮の恋心をかき立て、悩む姿を楽しもうとした源氏のちょっかい。貴族女性は夫以外の男性に顔を見せることはマナー違反だったが、蛍の光でつかの間でも顔を見せようという魂胆(刀剣ワールドHPより)
玉鬘への恋心を本人の前で和歌に詠む源氏(刀剣ワールドHPより)
当然、こんなことをされた玉鬘はたまったものではありません。
養子として源氏に感謝しつつも、「さっさと父上のところに連れて行け!(超意訳)」とイライラする…という感情のループで、しばらく悩まされることになります。
しかし、彼女は源氏の手中におさまることなく、無事父との再会を果たします。
「行幸」巻で玉鬘の裳着の儀(成人貴族女性の成人式)が描かれますが、頭中将は玉鬘の実父として、腰結いの役を務めます。
長年探し続けた恋人の忘れ形見の成人式を目の当たりにし、終始涙目になっていたことでしょう。
地味に私が『源氏物語』の中で好きなシーンの一つです。
母を早くに亡くし、数奇な運命に翻弄されながらも、最終的にしっかりと自分の生き方を築いた玉鬘。辛い境遇でも朗らかに立ち上がる力強さは、まさにサバイバル精神を具現化した存在と言えます。
そんな彼女の姿は「思い通りにいかないことがあっても、やり直せる」ことを教えてくれます。
3️⃣ 女三宮~罪の意識と出家の決断~
源氏には多くの腹違いの兄弟がいますが、その中にはかつての天皇・朱雀院もいました。出家した朱雀院が特に溺愛していた娘が、三人目に登場する女三宮です。
ここまでの物語で、教養やたしなみが豊かな人物として描写されていることが多かった天皇筋の女性たち(内親王)。
ところが女三宮は朱雀院の実子であるにもかかわらず、幼稚で貴女としてのマナーがなっていない少女でした。
女三宮の母親は既に他界していることから、朱雀院は彼女に後ろ盾がないことを心配します。
そこで源氏は朱雀院の要望を受け入れ、親子の差ほどもある女三宮を本妻として迎えます。
そんな中、「若菜」巻にて、物語内最大と言って良いスキャンダルが発生してしまいます☠
頭中将の子息たちが源氏の自邸に遊びに来た際、頭中将の長男・柏木がひょんなことから女三宮を「垣間見」てしまったのです。
(女三宮の猫が御簾=カーテンから飛び出してきた拍子の出来事だったとか、女三宮の女房たちも若手で気の利かない人ばかりだったとか、ここでは語りつくせないほど色々な偶然の積み重ねでした。)
蹴鞠(けまり)をする若者たちを御簾から眺める女三宮。御簾のわきには猫も見える(尾形月耕『源氏五十四帖』国立国会図書館サーチ NDLイメージバンクHPより)
親友の夕霧(=源氏の長男)は柏木が女三宮を見てしまったのではと勘づき、心配していさめようとしますが、柏木の恋の懊悩は募るばかり。
ついに柏木は源氏がいない隙に女三宮の部屋に忍び込み、勢いで関係を持ってしまいました。
その後に女三宮が懐妊した柏木との「不義の子」が、源氏が亡くなった後の主人公「薫大将」というわけなんですね。
柏木は自らの軽率な行動を恥じ、源氏に打ち明けることもできないまま衰弱死します。
一方、女三宮は朱雀院や源氏に強く引き止められながらも、罪過を背負うべく出家する道を選びます。
平安時代も中ごろになると、貴族社会では「末法思想」や「極楽浄土」がトレンディーになります。簡単に言えば「どうせこの先の世界は悪くなるだけ!ならひたすら仏様を信じてあの世で幸せになろう!🌟」という考え方です(ある種「ご都合主義」とも言える)。
お寺での修行と言えば男性のイメージが強いかもしれませんが、貴族女性にとっても「世を儚む」=出家は珍しいことではありませんでした。
とはいえ、女三宮は意志のない無垢な存在であったゆえに、さんざん源氏からけなされていた対象だったはずです。そんな彼女が、一世一代の覚悟を決めた瞬間を読んだ時、私もしばらく呆然としていました。
源氏に嫁ぐも、幸せとは言えない結婚生活を送り、尼として仏道に専心することを選んだ女三宮。
世俗から離れる道を選んだ彼女の姿は、一見消極的に見えつつも、実は「自分の心に正直に生きる」強い選択です。
世間体や評価よりも、自分が納得できる道を選ぶことの大切さを感じます。
薫出産直後に出家を申し出る女三宮と、それに立ち会う朱雀院・源氏(和田和尚『源氏物語絵詞』国立国会図書館サーチ NDLイメージバンクHPより)
4️⃣ 浮舟 ~揺れ動く心からの覚醒~
🚨ネタバレを避けたい方はスキップ推奨🚨
トリを飾るのは、『源氏物語』終盤に登場する最後のヒロイン・浮舟です。
源氏崩御後は、女三宮の実子・薫と源氏の孫・匂宮を主軸に物語が進んでいきます(『宇治十帖』と言ったりもします)。
ぶっちゃけ、私は薫以降の巻が一番好きです。人間心理の深奥とそのドロドロっぷりが、何とも馥郁たる芳香を放っているなぁと😏
途中の人間関係やいきさつは割愛しますが、ちょ~ざっくりと説明させて頂くと
薫 ⇒ 🩷 浮舟 🩷 ⇚ 匂宮 (二者で取り合い)
薫「僕が先!」浮舟と契りを交わし余裕ムーブをかます
匂宮「隙アリ!」浮舟を誘拐→関係を持つ
浮舟、薫への義理と匂宮への恋情の板挟みに
浮舟「もう無理!!」失踪するも僧に命を救われ出家
という流れになります。玉鬘や女三宮に引けを取らない、激烈な状況を生き延びていきます。
実は浮舟は、とある姫君の異母妹として薫に紹介された「ぽっと出」のキャラでした。
ですが彼女もまた、恋愛=世の中から逃れ薫・匂宮とのこじれた因縁を断ち切るべく、仏に入信する道を選択します。
浮舟生存の報告を知った薫が、その後彼女を呼び戻すための策略を考える…という場面を結びに、『源氏』は幕を閉じます。
薫以前(あるいは女三宮以前)と以後とでは、『源氏』の雰囲気は明らかに異なっています。
表向きは恋愛(悲恋)物語のように見えますが、奥底でうごめく人間の欲が抉り出されてゆく体験は、さながら万華鏡をのぞき込んでいるかのようです。
二人の男性の間で心が揺れ動き、命を捨てる瀬戸際まで追い詰められた末に仏門に入った浮舟。まるで人形のように周囲の画策に流されていた彼女でしたが、そこに溺れてしまうことなく、最後には主体的な生き方にたどり着きます。
「どんなに迷っても、自分の足でしっかりと踏ん張る」
その大切さを届けてくれる存在だと感じます。
余談ですが、
じゃあ一般的には『源氏』の女性たち中で誰が人気キャラなのか、気になりませんか?👀
ズバリ、紫の上と六条御息所の二人を挙げる人が多いようです。
理由としては
源氏の正妻ポジションで作中屈指の美人。しかもかわいい!(紫の上)
才色兼備(紫の上)
源氏に一番大事にされていて越えられない壁がある(紫の上)
源氏への愛憎に苦しむ姿が萌える(六条御息所)
生霊・怨霊になるほど源氏への愛が捨てきれないところがリアル(六条御息所)
などなど。
ただ、私個人としては二人とも不幸せそうだなぁという思いがぬぐえません。
紫の上は幼少期から源氏に囲われて育ってきたので、源氏に見放されたが最後、行き場を失うわけです。彼女自身、そのことでかなり苦しみ、出家まで願い出ていますが何度も源氏に断られます😣
六条御息所についても、ずっと嫉妬の情を抱えたまま生きていくのは、少なくとも私には無理です😱
こういった点を鑑みると、源氏の権威に頼らずとも自身の道をつかみ取っていった女性たちの方がカッコいいと思ってしまいます🥰
ただ恋に生きるのではなく、自分の生き方を選ぶ勇気を持つこと。
『源氏』は「抑圧の対象とされていた女性たちが自分らしい生き方を模索する物語」でもあるんです。