「なぜ」を教えたがる親が、子供の算数を止めている
「公式を丸暗記させるだけでは、考える力が育たないんです」
僕のところに相談に来る保護者の方が、よくこうおっしゃいます。等差数列の公式を使う前に、まずその公式がなぜ成り立つのかを理解させたい。理屈がわかっていないのに問題だけ解けても意味がない。だから一問一問、丁寧に「なぜ?」を説明している。それでも成績が上がらない。なぜでしょうか、と。
なぜでしょうか、ではないのです。それが原因です。
今日は、偏差値50前後で停滞しているご家庭が高確率で踏んでいる地雷、「理解先行型の学習」について書きます。結論から言えば、小学生の算数は「なぜ」から入ってはいけません。順序が逆です。この順序を間違えたまま勉強量だけ増やしているご家庭は、塾業界にとって大変ありがたい、良質な養分であり続けることになります。
演繹と帰納。子供の脳には順序がある
少し硬い言葉を使います。
演繹的思考とは、「この問題はこういう形だから、この解法を使えばいい」と、原理から先読みして判断する力のことです。大人が問題を見た瞬間に「ああ、これは等差数列ね」とわかるのは、この能力が働いているからです。
帰納的思考とは、その逆です。個別の事例をひとつひとつ積み上げて、「どうやらこういう形の問題は、こう解くらしい」とパターンを蓄積していく方法です。
中学受験の算数指導で起きている悲劇のほとんどは、大人が「演繹」を子供に要求することから始まります。
考えてみてください。「この形だからこの解法」という判断は、頭の中に比較対象となる問題のストックが大量にあって初めて成立します。ストックがゼロの子供に「問題の本質を見抜きなさい」と言うのは、単語を100個しか知らない人に「英語は文脈で読みなさい」と言うのと同じです。読めるわけがない。文脈を作る材料がないのですから。
小学生、特に小4くらいの子供は、発達段階としてまだ演繹的な判断が苦手です。これは能力の問題ではなく、単純に順序の問題です。だから先にやるべきは帰納。つまり、解法パターンをひたすら覚えて、頭の中にストックを作ることです。
パターンが何十問、何百問と溜まってくると、ある時点で質的な変化が起きます。新しい問題を見たときに「あ、この形、前にやったあれと似てる」と、自分でリンクが張れるようになる。これが演繹の芽生えです。
つまり、演繹的思考は教えるものではなく、帰納の蓄積が臨界点を超えたときに、子供の中に勝手に生えてくるものなのです。
等差数列の公式の「導き方」を熱弁する大人たち
具体例を出しましょう。等差数列です。
等差数列の和の公式。(最初の数 + 最後の数)× 個数 ÷ 2。この公式がなぜ成り立つのか、数列をひっくり返して足し合わせる、あの有名な説明があります。美しい説明です。大人が聞くと感動すらします。
だから大人は、これを子供に丁寧に説明したくなる。塾の先生も、教育熱心なお母様も、この公式の導出に授業時間の大半を費やしたりします。
僕も講師1年目はそうでした。理屈を全部説明して、納得させてから問題を解かせる。理想的な授業だと思っていました。結果、クラスの成績は上がりませんでした。
今の僕は、等差数列の公式の導出をほぼ説明しません。「公式はこういうものです。はい、使う練習をします」。これだけです。あとはひたすら運用の反復。
なぜか。中学や高校の数学を思い出してください。解の公式の導き方を、先生は最初に1回だけさらっとやって、あとは「この公式を使う練習をしてね」だったはずです。そして君は解の公式を問題なく使えるようになり、導出方法は綺麗さっぱり忘れているはずです。それで何か困りましたか。困っていないはずです。
理屈の理解と、解法の運用能力は、別のスキルです。そして入試で点数になるのは後者です。理屈は、運用が身体に染み込んだ後から「ああ、そういうことだったのか」と追いついてくる。それで十分ですし、むしろその順序のほうが理解は深く定着します。
「解法暗記は思考力を破壊する」という綺麗な嘘
こう書くと、必ず反論が来ます。「解法の暗記は数学教育を破壊する」。ある有名進学校の数学の先生がそう発言したことは、業界では割と知られた話です。
では、現実を見ましょう。
大学受験の世界には、チャート式という伝統ある問題集があります。あの分厚い本で受験生が何をしているかというと、例題の解法をパターンとして頭に叩き込んでいます。ほぼ全国民的にそうやって勉強して、それで東大に受かっていく。解法暗記で数学的思考力が破壊されるのなら、日本の難関大学は思考力ゼロの学生で埋め尽くされているはずですが、そういう話は聞きません。
つまり、解法のパターン暗記そのものは悪ではない。むしろ王道です。
ただし、ひとつだけ注意点があります。「暗記」には2種類あって、片方は毒です。
ダメな暗記は、数字の並びをそのまま覚えること。「この問題の答えは24」という覚え方です。これは確かに何の意味もありません。
有効な暗記は、問題を解法のテンプレートとして覚えること。「この設定で、この聞かれ方をしたら、この手順で処理する」という型ごと頭に入れる。数値が変わっても対応できる形で格納する。これは思考力を破壊するどころか、思考力の土台そのものです。
予習シリーズのテキストと演習問題集を「覚えるくらい」反復した子は、入試問題を見た瞬間に「これ、テキストの第何回あたりにあった形だ」と言えるようになります。実際、上位クラスの子たちはこれができます。新しい問題に次々手を広げた子ではなく、同じ問題集を擦り切れるまで回した子が、最終的に初見の問題に強くなる。逆説的に見えて、構造的には当然の帰結です。
親がすべき非情な決断
ここまで読んで、まだこう思っている方がいるはずです。「でも、理解させないと応用が利かないのでは」と。
その心配は、お子さんがパターンを500問ストックしてから始めてください。今のお子さんの頭の中にストックが50問しかないなら、応用を心配する段階ではありません。在庫のない倉庫で配送効率を議論しているようなものです。
明日からやることは単純です。
新しい問題集を買うのをやめる。手持ちのテキストと演習問題集の基本問題を、解法を覚えるまで反復させる。同じ問題でいいのか、と不安になるでしょうが、同じ問題でいいのです。数値だけ変わった類題なら、なお良い。
そして、お子さんが「なんで?」と聞いてきたとき以外、理屈の説明をしない。説明したい衝動を、ぐっと飲み込む。お母様が熱心に説明している時間、お子さんは「今は休憩タイムだ」と判断して、今日の晩ご飯のことを考えています。残念ながら、これは僕が教室で何百回も観察してきた事実です。
「考える力を育てたい」という美しい願いが、考える材料の蓄積を妨げている。この皮肉な構造に気づいた家庭から、偏差値の停滞を抜けていきます。気づかない家庭は、丁寧で誠実で、効果のない説明を今夜も続けることになります。
理屈は、あとから追いつきます。先に型を入れてください。
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- 計算ミスにも種類があります。生徒さんのミスタイプを確認し、それを補う授業をします。
- 理系×女性、優しい先生、怒らない、わかるまでつきあう、「解ける!よりわかる!」重視