英語

#58 健太と麗華の英語奮闘記③~多義語と辞書~

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2022/2/28

一見簡単な単語に要注意

健太は明日の塾の授業の予習中。短い英文を日本語に訳せという問題だ。

①This challenge will be the first test of their intelligence.

②Make yourself at home.

③It can’t be helped.

④She was behaving in a strange fashion.

⑤The sailors saw a school of whales in the distance.

見た感じ、単語は簡単そうだ。なんだ、楽勝じゃないか。そう思って健太は次々に訳していった。

①このチャレンジは彼らの知能の最初のテストだろう。

②家で自分を作りなさい。

③それは助けられない。

④彼女は奇妙なファッションで振舞っていた。

⑤その船乗りたちはその距離でクジラの学校が見えた。

*     *     *

次の日。健太は塾で授業前に麗華に会った。

健太 伊東先生の授業の予習結構簡単だったよね。先生なんであんな簡単な問題出したんだろう?

麗華 えっ、そんなに簡単だった!?私は結構苦労したわ…。

健太 え、ウソでしょ? 単語も簡単だったし、一体どこで苦労したの?

麗華 ちょっと訳したの見せてくれる?…ちょっと、これ全部間違いじゃない?

健太 は?そんなわけないでしょ。

麗華 だいたい、訳している時、自分で自分の訳がおかしいと思わなかった?

健太 うーん、まあ確かに②と⑤は自分でも変な訳だなーとは思ったけど、⑤は物語かなんかの話だと思えばそんなにおかしくないんじゃない?

麗華 ちゃんと辞書引いて訳したの?

健太 いや、こんなに簡単な単語なら辞書なんか引かなくても訳せるじゃん。あっ、そろそろ授業だ。教室に行こう。

辞書を引く者は単語を制す

伊東 さてみんな、英文は訳してきたかな?自分の訳を発表してもらうぞ。じゃあまずは麗華さん。①を訳してみて。

①This challenge will be the first test of their intelligence.

麗華 はい。「この難問は、彼らの知性の最初のテストになるだろう」。

伊東 なるほど。なかなかいい線を行ってるよ。challengeを「チャレンジ」ではなく「難問」と訳せている点は素晴らしい。でもfirstとtestの訳が惜しかったな。このtestに「テスト」以外の訳を付けた人はいるかな?

生徒の一人が「『試金石』と訳しました」と答えた。

伊東 正解。正しい訳は「この難問は、彼らの知性の第一の試金石となるだろう」だ。細かいことを言うと、このfirstは「最初の」ではなく「第一の、最大の」などの訳が正確だ。

testに「試金石」の訳を充てた生徒が「でも先生、『最初』と『第一』は同じ意味ではないんですか?」と質問する。

伊東 そうだね。同じ意味の時もあれば、違う意味になる時もあるんだ。たとえば、「彼らが取り組んだ最初の課題」と「彼らが取り組んだ第一の課題」は同じ意味なので、この時は「最初=第一」が成り立っている。でも、「健康が第一だ」を「健康が最初だ」とは言い換えられないことから分かるように、「第一」には「最重要」という意味もあるんだ。英語のfirstも同じで、「順番が最初」という意味もあれば、「最重要」という意味もある。この例文のfirstは「最重要」の方の意味だ。だからこのfirstは「第一の、最大の」などの訳が適切なんだ。

健太にはショックだった。えっ、challengeは「チャレンジ」、firstは「最初の」、testは「テスト」じゃないのか!

伊東 おや、健太君。なんかポカーンとした顔してるけど、健太君はこの文をどう訳したの?

健太 はい…「このチャレンジは彼らの知能の最初のテストだろう。」と訳しました…

伊東 なるほど。で、健太君は自分でそう訳してみて意味は理解できた?

健太 うーん…とりあえず訳しただけで、意味までは考えませんでした…

伊東 そうか。一つ言っておきたいのは、「訳す」という作業は「日本語を機械的に英語に置き換える」ことではないということだ。言うまでもないけど、言葉とは必ず何らかの「意味」を表している。自分の和訳ができたら、それがどういう意味を表しているのかも考えてもらいたいな。そして、もし自分の和訳に意味が通らないところがあったら、間違いなく誤訳をしていることになる。その場合は、単語・文法・構文で間違った解釈をしているはずなので、辞書を引いたりして考え直すことになるね。そうだ、いい機会だからちょっとここで辞書を引いてみようか。みんなは辞書持ってきてるかな?

何人かの生徒が電子辞書を取り出した。

伊東 おお。電子辞書を持っている人が何人かいるね。他の人は辞書は持ってないのかな?健太君は持ってきてないの?

健太 すいません…。辞書は紙のものを持ってますが、家にあります。

伊東 そうか。もちろん家では紙の辞書でOKだけど、塾に来る時とかは電子辞書があると便利かもね。今はスマホでも電子辞書を使えるよ。

伊東先生は電子辞書を取り出した。

challenge…❶試練・難問 ❷挑戦 ❸異議

first…❶最初の ❷最も重要な

test…❶試験 ❷検査 ❸試金石

これは「ジーニアス英和辞典」に書かれている主な意味だけど、今回の問題文のchallengeは❶、firstは❷、testは❸の意味で使われているわけだ。意味を調べたらすぐに辞書を閉じてしまう人がいるけど、あれは実にもったいないし、力も付かない。例文を豊富に載せているところが単語集には無い辞書の特長なんだから、自分の調べた意味の例文だけは全部読んだ方がいい。ジーニアスでは、challengeの❶の意味に5つ、firstの❷の意味に5つ、testの❸の意味に3つの例文を載せている。そもそも辞書を引くのは自分が知らない単語を調べるためなんだから、例文を読んで理解を深めるのは当然のことだ。

麗華 例文もノートに書き写した方がいいですか?

伊東 全ての例文をノートに写そうとすると、それだけで勉強が大変になって辞書を引くのが嫌になるから、「これはぜひ書き留めておきたい」と自分が思った例文だけでいいと思うよ。

②Make yourself at home.

伊東 これは結構有名な熟語だね。「くつろいでください」が正解だ。…ん、健太君、またポカーンとしてるけど、まさか「家で自分を作りなさい」みたいに訳してないよね?

健太 …。

伊東 健太君に必要なのは、まずは「自分が作った訳文を自分で理解できるかを確認すること」と、「自分の訳文の意味が通らないと思ったら、知っていると思っている単語に別の意味があるかもしれないと疑って辞書を引くこと」だね。この問題文ではmakeとat homeがポイントだけど、まずat homeを調べよう。

at home…❶在宅して ❷気楽に ❸精通して

ジーニアスに載っている主な意味はこの3つだ。例文も含めてざっと目を走らせると、②のところに

Please make yourself at home.「どうぞお楽にしてください」

という例文が見つかる。つまり、今回は辞書を引きさえすれば正しい意味が分かったということだ。ちなみにこの文は第5文型で、make O C「OをCにする」という語法も絡んできている。

③It can’t be helped.

伊東 この文の訳を誰か発表してくれるかな?

生徒の1人が「それを助けることができない」という訳を発表した。

伊東 直訳した「助けられることができない」ではなく、ちゃんと日本語として自然な「助けることができない」と能動態的に訳している点は素晴らしいけど、残念ながらこのhelpは「助ける」という意味ではないんだ。この文を能動態の文に直してみると、

I can’t help it.

となるけど、helpが「助ける」という意味になる時は、前提として目的語が「人」である必要がある。今の辞書はとてもよくできていて、そうした情報もちゃんと載っているんだ。

help 〈人〉を手伝う

これはジーニアスの記述だけど、ジーニアスはこのようにhelpが「手伝う、助ける」の意味の時は目的語が「人」を表す名詞であることを教えてくれているんだ。今回の問題文のhelpの目的語はitだから「人」ではない。だからこのhelpは「助ける」という意味でないと判断できるんだ。

健太はびっくりした。今まで辞書のそんな細かいところを意識して読んだことはなかったのだ。

伊東 ではどういう意味かを辞書で調べるには、目的語が「物」である語義を探せばいいということになる。

❶〈人〉を手伝う

❷〈物・事〉を促進する

❸〈人〉を助けて…させる

❹〈人〉に〔料理などを〕取ってあげる

❺[can, cannotと共に]〈物・事〉を避ける

❻[help oneself]〔物を〕失敬する

これはジーニアスの他動詞helpの語義説明だけど、この中で目的語が「物」であるのは❷❺の2つだけだ。つまり問題文のhelpの意味はこの2つのうちのどちらかということになる。❺の意味になるのは助動詞のcanと一緒の時という注意書きも参考にしてみよう。問題文にはcan’tが使われているね。ここまで考えると、問題文のhelpは❺の意味の可能性が高いので、❺を詳しく読んでいくことにする。すると最初の例文として

It can’t be helped.「仕方がないよどうしようもないよ

が挙がっている。問題文と全く同じ文だ。

麗華は度肝を抜かれた。今の先生の話は、普段の自分の辞書の調べ方とはあまりに違っていたからだ。自分はとにかく最初から意味を見ていって、何となくよさそうな意味を探していただけなのだから。

伊東 多分ほとんどの高校生は、英語の教材に出てきた自分の知らない単語を辞書で引く時、意味が複数あればそれを片っ端から当てはめていくという調べ方をすると思う。もちろん最初は誰でもそういうやり方から出発するんだけど、辞書を引き慣れてくると、今僕が示したような効率的な引き方ができるようになってくる。

④She was behaving in a strange fashion.

fashionを「ファッション」と訳したらこの場合はアウトだ。健太君、どうかな?

健太 「彼女は奇妙なファッションで振舞っていた」と訳しました…。

伊東 英語のfashionが「服装」の意味で使われる場合、それは「今流行りのスタイルの服装」の意味で使われる。日本語ではよく「今日の彼女のファッションは素敵ね」のように、単なる「服装」の意味で「ファッション」と言うことがあるから注意が必要だ。ジーニアスを引いてみると

❶流行

❷やり方

という訳語が見つかる。ここで問題文のfashionが「in a 形容詞 fashion」という表現の中で使われていることに注目してほしい。❶と❷で挙げられている例文をざっと見てみると、❶の方では「in a 形容詞 fashion」という言い方を含んだ例文は1つも無いけど、❷の方では

in a graceful fashion「優雅な身のこなしで」

in a timely fashion「タイミングよく」

in a similar fashion「同じように」

という具合に3つも「in a 形容詞 fashion」を含む例文が見つかる。こうした情報を基に、問題文のfashionは❷の意味だと分かり、全体を「彼女は奇妙に振舞っていたおかしな振る舞いをしていた)」と訳すことができるんだ。in a strange fashion=strangelyと考えていい。❷の意味のfashionはこのように「in a 形容詞 fashion」でよく使われるという有益な語法情報は、単語集では中々効果的に示すことはできないんだ。今の単語集はよくできているから、そうした情報ももちろん示されてはいるんだけど、挙げられている例文はせいぜい1つだから、受験生の頭には残りにくい。単語集と辞書の大きな違いは、例文の豊富さにある。当然ながら単語集には最低限の情報と例文しか載っていない。もちろん有用ではあるんだけど、語学の学習ではやはり「触れる例文の量」が物を言うからね。その観点からすると、単語学習は単語集だけで済ませて、自分の知らない単語が出てきても辞書を引かない学生の英語力は必ず貧相なものになる。ある言語学者によれば、日本の英語辞書の質は世界一とのことだ。これほどよくできた英語学習の道具を使わない手はないと個人的には思っているよ。みんなにも、付け焼刃ではない、深い英語力を身に付けたければ、積極的に辞書を引いてほしいと思う。手垢で辞書の小口が汚れてくるくらいに引くのが理想的だ。

⑤The sailors saw a school of whales in the distance.

伊東 さて最後の文だけど、訳を言ってくれる人はいるかな?

生徒の一人が「その船乗りたちは遠くにクジラの学校を見た」という訳を披露した。

伊東 schoolに「学校」以外の訳を付けた人はいるかな?…いないか。もし「クジラの学校」という意味ならa school for whalesと前置詞はforを使うはずだ。そう言えば、歌詞に「メダカの学校」が出てくる歌って聞いたことある?

麗華 童謡ですよね。小学生の時に歌ったことがあります。

伊東 僕はあの「メダカの学校」という表現はきっと英語を誤訳したんじゃないかと思っていたんだけど、そうじゃないらしい。あの歌は外国の歌を訳したものじゃなくて、戦後の日本人が作ったもののようだ。脱線しちゃったけど、問題文に戻ると、このschoolは「魚などの群れ」という意味だ。ジーニアスでは

school1「学校」

school2「群れ」

というように、「学校」のschoolと「群れ」のschoolは別の語として扱われている。schoolの右上に小さい番号が付いているんだけど、ジーニアスだと結構小さいから注意しないと見逃す恐れがあるね。全く別の2つのschoolという単語があることに気付かずに、school1のところだけいくら一生懸命探しても、問題文➄のschoolの意味は見つからないことになる。

あとは熟語in the distanceだけど、よく似た熟語at a distanceと比べて考えてみよう。

We saw a village in the distance.「遠くに村が見えた」

There are some trees around our house, so it can’t be seen at a distance.「我が家は周りに林があるので、離れたところ(遠く)からだと見えない」

前置詞がinとatで違うのも紛らわしいし、おまけに冠詞もtheとaで違うので、実に厄介な熟語だ。

麗華 私はどっちも「遠くに」と覚えてますけど、それで大丈夫ですか?

伊東 受験的には別にそれで問題ないと思うけど、一応違いはあるから説明するね。

まずin the distanceは「視聴覚の及ぶ範囲の中でも遠いところ」を表します。ポイントは「遠いけど見たり聞いたりできる距離」を表しているという点だ。the distanceは「視聴覚の及ぶ距離」を表していて、意味が特定されているからtheが使われている。inが使われているのは、視聴覚の対象がその距離範囲の「中」にあるからだ。

それに対してat a distanceは「ある程度離れたところで」という意味で使われる。このaは「ある程度」というsomeのような意味を表していて、他の分かり易い例だとfor a while「しばらくの間」やhave a knowledge of French「フランス語をある程度知っている」のaなんかもそうだね。atは「地点」を表しているから、at a distance全体で「ある程度の距離離れたところで」という意味を表すことになる。

ということで、問題文➄は「船乗りたちは遠くにクジラの群れを見た」と訳すのが正解だ。

自分に合った辞書を選ぼう

そうそう、ちょっとみんなに訊きたいことがあるんだけど、普段使っている辞書の名前を教えてほしいんだ。そうだな、じゃあまず「ジーニアス英和辞典」を使っている人は?…えっと、8人かな。じゃあ、今手を挙げなかった人の使っている辞書を教えてくれるかな?

ジーニアス英和辞典…8人

オーレックス英和辞典…2人

ウィズダム英和辞典…1人

フェイバリット英和辞典…1人

ライトハウス英和辞典…1人

他に、スマホ内蔵の辞書を使っている生徒が1人、辞書は使わずに単語集を辞書代わりにしている生徒が1人いた。

伊東 こうして見ると、やっぱりジーニアスが圧倒的な人気だね。麗華さんもジーニアスを使っているということだけど、どうかな、ジーニアスは分かり易いかな?

麗華 分かり易いかどうかは正直よく分からないです。学校の先生に勧められて買ったんですが。

伊東 ジーニアスを勧める先生は本当に多いらしいね。さっき手を挙げてくれた他の7人の人たちも、「先生に勧められて」というパターンが多いと思う。こういうことはあまり言いたくないんだけど、英語教師の大半はそもそも英語の辞書について詳しくないのが実情だ。身も蓋も無いことを言えば、自分がたまたまジーニアスを持っていて、しかもそれ以外の辞書は持っていなくて、世間的にジーニアスはベストセラー辞書として名が通っているから、だから生徒にジーニアスを勧めている、という教師は多いんじゃないかと思うんだ。ただね、僕は別に全ての英語教師が英語の辞書に詳しくないといけないとは思っていない。でも、もし生徒にある特定の辞書を勧めるのなら、それが他の辞書と比べてどういう特徴があるかをある程度は知っている必要はあると思う。最低でも、その辞書はどのくらいの学力の英語学習者に適しているのかくらいは弁えていないといけない。そうじゃないと、生徒のレベルに全く合っていない辞書を推薦することになりかねないから。

生徒の1人が、「僕も学校の先生に勧められてジーニアスを買ったけど、調べにくかったので別の辞書を買いました」と言った。

伊東 そうか。ジーニアスを調べにくいと思っている生徒は結構多いかもしれないね。今の日本には実にたくさんの英和辞典が売られている。その中でも特に英語学習者を対象にした辞書を「学習英和辞典」というんだけど、中学生用のまで含めれば多分20種類以上はあるはずだ。辞書に詳しくない人にとっては、「英和辞典なんてどれも大体一緒でしょ」というイメージがあると思うけど、実際はそうじゃない。大きく言えば中学生用と高校生用でも違うし、同じ高校生用でも辞書のレベルは様々だ。ジーニアスは数ある学習英和辞典の中でも最高峰と言ってもいいくらい極めてレベルの高い辞書だ。はっきり言うと、ジーニアスはほとんどの高校生にとっては使いこなすのが極めて難しい辞書なんだ。高校生どころか、英語教師でもジーニアスを使いこなせる人はそれほど多くないと思う。

麗華 そんなすごいレベルの辞書を推薦する英語教師が多いのはどうしてなんですか?

伊東 いい質問だね。まあ多分答えは簡単で、推薦する英語教師の側が、ジーニアスのレベルの高さと、その辞書が自分の教えている生徒の学力に合っていないということを分かっていないから、ということなんだと思うね。ジーニアスの質の高さは、詳細な語義と、異常なまでに詳しい語法情報にある。こういう辞書を特に初学者が使おうとすると、自分が求める語義・情報にたどり着くのが難しくなるんだ。大抵は途中で探すのをやめて、最初に目に入った語義で無理矢理押し通そうということになる。ほとんどの英語学習者にとっては、もっと基本的な語義・情報に絞った辞書を使うのが望ましい。僕の考えでは、「ジーニアス英和辞典」に次いで細かい情報を載せているのは「ウィズダム英和辞典」だが、ほとんどの高校生・受験生にとってはこの2冊以外の学習英和辞典を使った方がいいと思う。辞書は使う人との相性があるから、本屋さんで自分の知っている単語を何冊かの辞書で引き比べて、一番引き易い・見易いと思った辞書を買うのが望ましいね。

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