「古文が読めない」の正体は、古典常識か
最近、古文のコースがじわじわと人気を上げ
お問い合わせが最も多くなっています。
(めっちゃささやかだけど)
単語も文法も頑張っているのに、
物語の状況がさっぱり見えない……。
時間がなくてこれまで向き合ってこなかった……。
といろんなお悩みがあり、
弱点も人それぞれですが
総じて言えることはコレ。
中高生は「古典常識」にピンとこない!
古文は「外国」か「異世界転生もの」⁉
古文の世界は、
現代の私たちが住む世界とは
全く異なるルールで動いています。
古典単語の多義を知っていても、
今読んでいるシーンに
どれが当てはまるか分からないのは
当時の「普通」のルールを知らないから。

平安時代の通い婚など恋愛観に関することは
学校で習ったりしているのでまだマシ。
でも、物忌みや出家といった宗教観、
目に見えないものの存在(怨霊や神仏)が
生活に大きく影響していたという実態は
ほぼ知らないという生徒ばかり。
だからどうしても現在の価値観で
読んでしまうので混乱するのです。
古典常識が「主語の省略」を解決
古文の最大の壁は「主語の省略」。
でも古典常識があれば、
「この身分の人がここにいるなら、
喋っているのはこの人しかいない」と、
論理的に主語が絞り込むことができます。
こうした「古典常識に基づいた推論」が
古文読解をサポート、
いえ、欠かせないのではと
最近切に感じています。
古典常識は「接触回数を増やす」が近道

古典常識は暗記して身に着けるものではありません。
月並みですが、
参考書の後ろについてる図解を流し見るとか
「あさきゆめみし」「とりかえばや」を読むとか
触れる回数を増やすことが
地道だけど確実な方法になります。
「夜の明かりがこれほど暗かったなら、
この勘違いも納得だな」
そんな小さな発見が、
無機質に見えていた古文を、
生き生きとした物語へと変えてくれるはずです。
古文は、決して過去の遺物ではありません。
当時の常識という知識を得ると、
そこには現代の私たちと同じように悩み、
恋をし、未来を憂う人々の姿が浮かび上がってきます。
論理と共感で古文を読み解く楽しさを、
ぜひ一緒に体験しましょう。