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算数

手踏み計算という名の思考停止トレーニング

2026/6/14

子どもが解いた問題を見て、こう聞いたことはないでしょうか。これ、なんでこの式になるかわかってる、と。

子どもは一瞬手を止めます。そして、たぶん、と小さく答えます。親は満足げにうなずきます。理解できているなら、いい。

僕に言わせれば、この瞬間に、その日の勉強時間の何割かが溶けています。

なぜ、と聞くたびに時間が溶けている

理解してから先に進む、というのは、学校の授業としては正しい順番です。しかし中学受験という、限られた時間の中で大量の処理パターンを身体に刻み込む競技においては、必ずしも正しい順番ではありません。

偏差値40から50台で停滞している家庭の多くは、子どもが解いた問題に対して、なぜそうなるのかを説明できるかどうかを、次に進む条件にしています。説明できなければもう一度。理解するまで先に進ませない。

これは一見、誠実な学習姿勢に見えます。しかし実際には、子どもに毎回、その場で理由をゼロから再構築させるという、非常にコストの高い作業を課しているだけです。その場で説明させられる子どもの頭の中では、解き方の手順そのものよりも、親を説得できる言葉を探す作業が優先されます。これは算数の練習ではありません。

入試本番に理解は要らない

灘でも開成でも筑駒でも、神奈川の聖光や栄光でも、入試本番で出題者が見ているのは、初見の設定に対して、知っている処理をどれだけ速く正確に当てはめられるか、です。なぜこの式になるのか、と立ち止まって考えている時間は、そもそも設計上与えられていません。

偏差値60を超えていく子たちの正体は、理解力が圧倒的に高い子ではありません。型のストックが多く、初見の問題を見た瞬間に、ああ、あのパターンだ、と分類できる子です。分類できれば、あとは手を動かすだけです。

逆に、毎回理解から組み立て直す子は、本番でも同じことをやります。一問にかける時間が長くなり、最後まで解き終わらない。これが偏差値の壁の正体です。理解が浅いから壁にぶつかっているのではなく、理解という作業に時間を使い過ぎて、処理する問題数が足りていないのです。

守破離という、優しいようで厳しい話

ここで僕が使うのが、守破離という考え方です。最初の段階、守では、教えられたやり方をそのまま、一字一句コピーすることだけを求めます。自分なりのアレンジは、まだ要りません。

今回の指導でも、ある問題で深さを考えるべきかどうか、生徒が迷っていました。僕の答えはこうです。僕が考えるならお前も考える。僕が考えないならお前も考えない。例題で僕がどうしたかを見て、それと同じことをやればいい。

これは思考を放棄させているように見えるかもしれません。実際には逆です。判断という最もコストの高い作業を一旦外して、まず手順そのものを定着させる。判断は、手順が自動化された後に乗せても遅くありません。守の段階で判断まで求めるのは、走り方を覚えていない子に、コースの戦略まで立てさせているようなものです。

容積も体積も水の量も、同じ箱

具体例を一つ。容積、体積、水の量という三つの言葉は、子どもにとっては全く別の問題に見えます。しかし求め方は同じです。底面積をかける、深さをかける。それだけです。

複雑な形をした底面積が出てきたとき、子どもは毎回、どう分割すればいいかを一から考えようとします。ここで教えるのは、90度でぶつかっている場所を探す、という一つの手順だけです。図形のどこに直角があるか。そこを基準に分ければ底面積は出ます。

あとは底面積をかけて深さをかける。深さが分からなければ、体積を底面積で割り戻す。この一連の流れを、何も考えずに手が動くレベルまで繰り返す。これが手踏み計算です。以前、単位換算でゼロを数えて消すという話を書きましたが、あれも手踏み計算の一例です。考えなければ答えが出る、という状態を作ることが目的そのものです。

考えない子になるのでは、という不安について

ここまで読んで、こんな育て方をしたら、自分で考えない子になってしまうのではないか、と感じる方もいるでしょう。よくわかります。誠実な不安です。

しかし、思考力というのは、何もない場所からは生まれません。型のストックがゼロの状態で、毎回ゼロから考えさせることは、思考力を育てているのではなく、毎回同じ初期化作業を繰り返させているだけです。

型が十分に蓄積されて初めて、この問題はあのパターンと似ているが、ここだけ違う、という気づきが生まれます。その気づきこそが、本当の思考です。手踏み計算は、思考力を捨てる作業ではなく、思考力を発動させるための土台を作る作業です。

明日から、なぜを封印する

親にできる、たった一つの非情な決断は、なぜこうなるの、と聞くのをやめることです。

代わりに、こう言ってください。同じやり方でもう一回やってみて。理解の確認ではなく、手順の再現を求める。これだけで、子どものワーキングメモリは、本来使うべき場所、つまり初見の問題をどう分類するかという判断のために空きます。

理解は後からついてきます。型が十分に蓄積された後、ふと、あ、これ全部同じことだったんだ、と気づく瞬間が来ます。それを早送りさせようとすることが、実は一番の回り道です。

こうした型の設計と、どこまで手踏みでいいか、どこから判断させるかの線引きは、子どもごとに変わります。個別に設計したい方は、マナリンクの僕のページからご相談ください。

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