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#52 健太と麗華の英語奮闘記②~「読む」と「訳す」の違い~

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2021/12/23

正答率は上がったけれど…

麗華は高校では国立大学進学コースに在籍している。週に1回、共通テスト対策用の英語の授業を取っていて、共通テスト形式の予想問題集に取り組んでいる。

 

この間、塾の伊東先生は「共通テストは焦って解く必要はない」と言ってた。今度から敢えてゆっくり解いてみよう。

 

実際、スピードを気にせずに長文を読んでみると、内容が実によく分かる。丸付けをしてみると正答率は8割を超えていた。

 

今までこんなに問題文の内容を理解できたことは多分無かったな。まあ共通テストレベルだからそんなに難しい英文ではないのかもしれないけど、内容がよく分かったから設問を解くのもスピーディだった。

 

しかし、自分が果たしてどれくらいのスピードで本文を読んでいたのかを計算した時、麗華は愕然とした。伊東先生の言っていた「1分間に80語」よりも遅かったのだ!

 

ショック…。こんなに読むの遅かったんだ…。これじゃあ、正答率が上がっても、やっぱり本番では時間切れになっちゃうんじゃないかなあ…。私なんでこんなに読むの遅いんだろう…。今度伊東先生に相談してみようかな。

 

それから数日後。麗華は塾の英語の授業後に伊東先生に相談しに行った。

 

伊東 なるほど。ゆっくり読んで内容はよく分かって、正答率も上がったけど、後で計算してみたら私の言っていた「1分間に80語」のペースには届いてなかったということか。

麗華 はい。自分でもすごいショックでした。だって計算したら「1秒に1語読むスピード」にもなっていなかったんですから。

伊東 確認だけど、設問は結構スピーディに解けたんだよね?

麗華 そうです。本文の内容がよく頭に入って来たので、設問の該当箇所を本文から探すのも今までで一番速かったと思います。

伊東 長文問題を解くのに時間がかかるという場合、

①本文を読むのに時間がかかる

②設問を解くのに時間がかかる

の2つがあるわけだけど、麗華さんの場合は本文を読む方ですごい時間がかかったことになるね。

麗華 この間先生が「1分間に80語」で読めばいいと言っているのを聞いて、それくらいなら自分にも簡単にできると思っていたんですが…。

伊東 考えられるのは、「長文の1文1文を和訳しながら読んでいる」という可能性なんだけど、それについてはどう?

麗華 ん~…そうですね、あまり意識したことはありませんが、言われてみれば英文を頭の中で訳しながら読んでいるかもしれません。全部の英文を訳しているかは分かりませんが…。

 

英語で英語を考えるとは

伊東 この間私が言った「1分間に80語」というペースは、「英語を英語として読む」、つまり「英文をいちいち頭の中で日本語に訳さずに、ネイティブスピーカーと同じように英文を直接理解しながら読む」ことを前提にしていたんだ。

麗華 ネイティブスピーカーと同じように読む…。全く訳さずに英文を読むのは、私には難しそうです…。

伊東 いやそれは最初は誰だってそうだよ。それに、何も全ての英文を訳しちゃいけないというわけじゃない。

「英語はネイティブスピーカーと同じように左から右に読め」とか「日本語を使わずに英語で考えろ」とか言われたりすることがあるんだけど、一体それってどういうことなんだろうか?

麗華 私の学校のネイティブスピーカーの先生はよく「日本語を使って英語を勉強してはダメだ」と言っています。

伊東 そのネイティブスピーカーの先生の意見は極論だね。それは確かに理想的な勉強法かもしれないけど、それを実践するには、たとえばアメリカに留学するとか、日本のインターナショナルスクールに通うとか、生活の全部あるいは相当部分が英語を使わないと成り立たないような環境に身を置くことが絶対に必要だ。日本人の中高生の99%以上はそんな環境に置かれていない。だから英語だけを使って英語を学習するという、一見理想的な方法は必ずと言っていいほど失敗する

日本人が日本の中で英語を勉強するなら、「日本語」という母語を利用しないのは逆に非効率的なんだ。まあ扱う英語がappleとかdogとかrunとかいう単純なものだけなら、日本語を使わずに、英語教師が本物のリンゴや犬の写真を見せたり、自分がその場で走ってみたりして教えることはできると思うよ。ただね、justice「公正」とかreligion「宗教」とかdemocracy「民主主義」といった抽象的な概念を扱うとなると、「英語で英語を理解する」という理想的英語教育法はすぐに頓挫する。こうした抽象的な概念は、「実物」や「写真」や「ジェスチャー」で示すことが極めて難しいだけではない。日本語訳を与えられずに英語で説明されてもほとんどの日本人には分かりにくいはずなんだ。ちょっと英英辞典で調べてみよう。

 

そう言って伊東先生は電子辞書を取り出した。

 

justice: the fair treatment of people

religion: the belief in the existence of a god or gods, and the activities that are connected with the worship of them, or in the teachings of a spiritual leader

democracy: a system of government in which all the people of a country can vote to elect their representatives

どうだろうか。麗華さんはこれらの抽象的な概念を英語で説明してもらって分かり易いと思う?

麗華 う~ん…最初のjusticeは「公平に人々を扱うこと」と言っているので一応分かりますが、あとの2つは説明を読んで「あっ、『宗教』『民主主義』のことを言っているのかな」と思いました。

伊東 そうなんだよ。結局ね、今みたいに英語で英語を説明してもらっても、私たち日本人はそれを最終的には日本語に訳さないと落ち着かないんだよ。だったらね、最初から

justice=「公正」

religion=「宗教」

democracy=「民主主義」

のように日本語を使って覚えた方が効率的なんじゃないだろうか。

麗華 確かにそうですね。

伊東 たとえばreligionをね、今見た英語の定義で把握しようが、「宗教」という日本語訳を使って理解しようが、どちらでも同じことなんだ。同じことなら、日本の普通の英語学習者にとってより理解し易い「日本語訳」を使った方が効率的だというのが私の意見なんだ。

「日本語を使わずに英語を直接理解する」のはあくまでもゴールであって、初学者が最初から実践すべきことじゃない。今の例で言うとね、誰だって最初は

religion→「宗教」→意味の把握

という順序で単語の意味を理解する。これは当然のことだ。religionを初めて見た段階でわざわざその意味を英語で理解するメリットはほとんど何も無いと言っていいし、そんなきつい勉強を強制されたら英語嫌いはますます増えるだけだろうね。

ただね、ずっと日本語を使ってしか英語の意味を考えられないのは大問題なんだ。なぜって、それだと麗華さんのように入試の英文を読むのに異常なほどの時間を使うことになるからだ。

日本語を介しながらの勉強を続ける中で、

religion→意味の想起

というように、日本語訳を経なくても直接英単語の意味が頭に浮かぶ状態にいつかはなってくる。それが日本人の英語学習者が目指すべき状態だ。

麗華 私にはまだ無理ですね…。どうしてもreligionを見たら頭の中で「宗教」と訳してしまいます。

伊東 最初はそれでいいんだよ。ではcatはどうかな?catを見たらいちいち「ネコ」と訳さないと落ち着かない?

麗華 いえ、それぐらい簡単な単語なら、いちいち訳さなくても意味が取れると思います。

伊東 それが「英語を見た時に日本語を介さずに意味を直接把握する」ということなんだ。勉強を続けていけば、religionやdemocracyのような難しい単語も、catと同じように、いちいち日本語に訳さなくてもそれが表す概念が頭に浮かぶようになる。それが「英語を英語で考える」ということだ。と言ってもまだこれは「単語」レベルの話だけどね。

さて、これで麗華さんの学校のネイティブの先生が言っていた「日本語を使って英語を勉強してはダメだ」という意見への反論は終わりだ。あるいはその先生は、英文に含まれる文法事項などを日本語で理解するという姿勢のことを批判しているのかもしれないけれど。

「英語の学習の時は日本語を使うな、英語は英語で理解しろ」みたいな意見は、特にネイティブスピーカーが言いがちだから、私たちも注意しないといけない。と言うのも、私たち日本人には「ネイティブ信仰」というのがあって、ネイティブが口にする言語教育についての意見は全部正しいように聞こえてしまうんだ。ネイティブの英語教師でさえ、日本人の置かれている言語的環境や、英語と日本語の言語的な差異を踏まえた上で、本当に日本人にとって適切なアドバイスができる人は少ないんだよ。もっとも、彼らの本領は、そこよりもむしろ「ネイティブらしい英語表現や発音ができる」というところにあるんだけどね。

意外に思うかもしれないけど、日本人に合った英語学習法を指導できるのは、やっぱり日本人の英語教師だと思うよ。

 

英英辞典の使い方

麗華 さっきの「英語の定義を使うよりも、日本語訳を使った方が分かり易い」という話ですけど、確かにjusticeやreligionはそうだと思います。でもdemocracyを「民主主義」と訳しても、では民主主義とは何かと考えると難しいですね…。

伊東 確かにそうだね。その場合は国語辞典や百科事典を引いて「民主主義」という概念を少し立ち入って理解する必要があるだろう。あるいは、そういう日本語に訳しても難しい単語こそ、英英辞典で調べてみるのも1つの方法かもしれないね。「民主主義」という日本語訳ではピンと来なくても、さっきの英英辞典の定義を読めば、民主主義という概念が分かり易くなると思う。

まあ今みたいな場合に英英辞典を引くのはいいんだけど、私は受験生には英英辞典を常用することは勧めないけどね。

麗華 それはどうしてですか?

伊東 英英辞典は引き慣れるまでに時間がかかるからというのが一番大きな理由だね。受験生に残された時間が1年もないとすると、英英辞典を英和辞典の代わりに使うのはお勧めできない。使うにしても、今みたいに「日本語訳でもピンとこない」場合に限った方がいいと思う。

いやむしろ、ほとんどの受験生にとってはまずは英和辞典を引きこなせるようになることの方がはるかに重大な課題だろう。英和辞典も碌に引いたことがない人が英英辞典を引くのには反対だな。大学受験という範囲で考えるなら、自分にとって適切なレベルの英和辞典を引きこなせるだけで十分お釣りが来る。大学に入った後もさらに英語の勉強を続けるなら、その時に徐々に英英辞典に慣れ親しんでいけばいい。

麗華 私も一応英英辞典を持ってはいるんですが、使ったことはほとんどありません…。

伊東 じゃあ英和辞典は?

麗華 英和辞典はいつも使っています。

伊東 受験生としてはそれで十分だよ。麗華さんがちゃんと自分のレベルに合った英和辞典を使っているかは気になるけど、それについてはまたいつか話すことにしよう。

 

「読む」と「訳す」の違い

伊東 日本人の英語学習者は「英単語」の学習に日本語を使ってもいい、いやむしろ使うべきだと話したけど、「英文」の理解についても全く同じだ。英文に含まれる文法項目や英文の構造をまずは日本語を使って理解し、その理解を和訳という形で検証する必要がある。ここでは便宜的に、「英文の構造を文法的に把握した上で和訳する」という読み方を「精読」と呼ぶことにしよう。これはもちろん日本における伝統的な英語学習法だ。そして受験生の英語学習の中心は、明治期以降の日本で行なわれてきた、この「精読」であるべきだ。

ただ、昔のような短い英文が主体の入試問題ならこれだけでも乗り切れたと思うけど、今の時代ぐらいの長い長文だと、全ての文を分析して和訳している時間的余裕は無い。

麗華 私の場合、長文を読む時に精読から抜けられていないのが問題なんですね。

伊東 まあ問題といっても、解決は結構簡単なんだけどね。

「文法的分析をしたり和訳したりして英文を読む精読」に対して、「ネイティブスピーカーのように英文を左から右に読む」ことを「直読」と言うことにするね。

注意してほしいのは、「精読」と「直読」は両立不可能な方法ではないということ。受験生はどちらも実践すべきなんだ。と言っても、さっきも言ったように、中心はあくまでも「精読」の方だけど。

おそらく今までの麗華さんは「精読」に偏っていたはずだ。だから、英文を読む時に無意識であれ和訳をしていた可能性が高い。それで長文を読むのにすごい時間が掛かっていたわけだ。

今後も精読の学習ももちろん続けてほしいが、もう1つ直読の訓練もしてほしい。

麗華 意識的に日本語を使わずに英文を読むように心掛ければいいんですね。

伊東 そうは言っても、多分無意識のうちに日本語を使ってしまう可能性は大きい。

ではどうすればいいかと言うと、方法は意外に簡単で、英文を「音読」してみるんだ。音読していると、目は強制的に左から右へ、ネイティブと同じように読まざるを得なくなる。目は左から右に動いている状態では、和訳の時によくある「返り読み」はどうしたってできないことになる。つまり、音読している時は、英文を英文のまま理解せざるを得なくなる。

麗華 でも、難しい英文だと、どうしても単語の意味とか、文法的なこととか気になりそう…。

伊東 そうそう。だからね、音読する英文は、すでに自分で読んだことのあるものが望ましい。単語の意味も文法的なこともすでに分かっている英文が音読には適しているんだ。

麗華 でも、もう意味が分かっている英文を読んで意味があるんですか?

伊東 もちろん。今麗華さんが言った「意味が分かっている英文」の「意味」って、それは「日本語を介して捉えた意味」のことだろ。日本語を抜け出して英文をそのまま捉えられるようになるのが音読する目的なんだから、意味はもちろんあるさ。

すでに読んだことのある英文がお勧めなんだけど、できれば最初はなるべく簡単な英文を使う方がいいね。いくら見たことのある英文でも、入試レベルの難しい英文をいきなり音読用教材に選ぶことはない。たとえば高1の時の教科書を引っ張り出してきて、まずはざっと日本語を使ってでいいから英文の意味を確認して、それから何回も音読してみるんだ。別に中学レベルの英文でも構わないよ。まずは簡単な英文をゆっくり音読して、英語を英語のまま捉えることに慣れるのが大切だ。

麗華 分かりました。さっそくやってみます。

伊東 私が尊敬する駿台の伊藤和夫先生は、「読むことと訳すことは違う」と言っている。私の今の言い方だと、「直読と精読は違う」ということだ。日本人が英語を学習する時は、精読が中心になるのは当然であり、また精読の訓練をしなければ英語を得意にすることはほぼ不可能だと言えるが、入試を突破することを考えた場合、そのやり方だけでは不十分なんだ。そこに音読を加えることで、英語を英語として読む直読の癖ができてくる。

勘違いしてほしくないんだけど、何も入試に出てくるような難しい英文を全て直読できるようになれ、と言っているわけではないからね。受験生が入試本番で英文を読む時は、比較的簡単な所は訳さずにスピーディに意味を取っていき(=直読)、下線部和訳問題になっているような難しいところは、SVなどの記号を振ったり、頭の中で日本語訳を考える(=精読)ことができれば、それで十分だ。

麗華 分かりました。精読の勉強と並行して、直読の訓練もしていこうと思います!

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伊東先生が言っていた「精読」は、英語教育の世界では「文法訳読方式(grammar translation method)」と呼ばれることがあります。これは特に「古典」や「書き言葉」を学ぶ際の伝統的な方法です。日本人は古来、中国語やオランダ語や英語やその他の言語をこの方式によって学び、外国の文物を消化吸収して、国力を高めたという歴史的事実があります。

しかし、日本人にとって最早英語は「書き言葉」としての地位を失ってしまっています。それはむしろ外国人とコミュニケーションを取るための「話し言葉」としての役割しか一般には期待されていません。そうした状況にあっては、文法や訳読などという古色蒼然とした方法は軽んじられ、ネイティブスピーカーのようにペラペラと英語を喋ることに最高の価値が置かれます。そうした価値観と教育界は当然無縁ではありません。昨今の「四技能重視の英語教育政策」は、結局のところペラペラと英語を喋れる日本人を量産したいという国家的願望の顕れなのですが、果たしてそれは「知育」を第一義とすべき義務教育に適合したものと言えるのでしょうか?

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